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第7章 節をのりこえて

第16節 巨星堕つ

昭和48年度

  • 矢野清出直
  • 島根、山口演奏旅行
  • 4年連続金賞受賞

矢野清先生告別式で「英雄」演奏

3年生が抜けて後、2年生と1年生合わせて34名という例年にくらべてやや少人数でスタートした。

今年の春休みは、野球部が甲子園へ出場したため、わが吹奏楽部も強化練習と並行して応援にかけつけた。

例年通り忙しい4月もなんとか乗り切ったが、5月1日、ちょうど3年生全員が修学旅行でおぢばを離れていた時、わが部の育ての親であり、われわれ部員にとっては神様のような存在であった矢野清先生が出直された。

5月6日の告別式で演奏させて頂き、6月10日の50日祭では墓前演奏をさせて頂いた。このことはわれわれにとって大きなショックであったが、わが部の大きな節であると受け取らせて頂き、部員一同心新たに再スタートを切ったのである。

7月は例年同様子供おぢば帰りひのきしんをさせて頂いた。今年も午前中は8月の演奏旅行に備えて練習をし、夜はプールサイド行事である。今年は例年と異なり、ドリル演奏が主であった。夏休み前から心配された水不足が、おぢば帰り期間中ずっとわれわれを困らせたが、後半に入るとわずかではあったが雨のお与えもあり、無事、最後までひのきしんさせて頂くことができた。

8月7日、島根、山口両県への演奏旅行に出発した。最初の目的地は島根県の出雲であったが、その途上まずわれわれを悩ませたのが、楽器運搬用に学校からお借りしたトラックである。というのはこのトラック、登り坂になるとオーバーヒートしてしまうのである。とにかくこういった調子で15日間、各会場をまわり21日に無事演奏旅行を終え、天理へ到着した。

旅行の後、練習は休みとなったが、その間われわれにとって、またも大きな悲しみが訪れた。それは8月26日の谷口眞先生の奥様のお出直である。そのため、谷口先生は、9月16日の関西コンクールのための練習にもなかなかお見えになれず、部員にとっては非常な試練の時となったが、故矢野清先生に対しても、とにかく勝たなくてはならないと全員が肝に銘じ、自由曲交響詩「自然への回帰」をもって関西コンクールに立ち向かった。

11月4日、名古屋で行われた全日本コンクールにおいてわれわれは12分間に1年間の努力のすべてを注ぎ、他校に例のない4年連続の金賞を受けた。 こうしてこの1年間を振り返ってみると、今年は矢野先生と谷口先生の奥様のお出直という2つの大きな節をわれわれの力でいかに乗り切ってゆくかという大変な課題を与えられた年であり、そのために精一杯の努力をし、それを乗り切る踏み台をつくることができたと思う。

  • 2月9日 卒業生記念品贈呈式 於本校講堂 新編成による初演奏。曲目「ニューメキシコマーチ」ほか。
  • 2月27日 卒業式
  • 3月24日〜4月3日 強化合宿 於北寮
  • 3月30日 選抜甲子園大会応援
  • 4月2日 選抜甲子園大会応援
  • 4月3日 選抜甲子園大会応援
  • 4月14日 新入生歓迎クラブ発表会 於天理市民会館 ステージドリル。
  • 4月15日 交通事故死亡者慰霊祭 於天理市民会館
  • 4月18日 教祖誕生祭 於中庭
  • 4月18日 奉祝演奏会 於グリーンステージ
  • 4月20日 婦人会総会 於中庭
  • 4月21日 青年会総会 於中庭
  • 5月6日 故矢野清先生告別式 於豊田山斎場 この日は故矢野清先生のご長男、晄道氏によって編曲され「亡き父にささぐ」と書かれた、ベートーベンの「交響曲第3番《英雄》第2楽章より抜粋」を演奏させて頂いた。
  • 6月10日 故矢野清先生五十日祭 於お墓地
  • 6月17日 奈良県中学校吹奏楽講習会 於田原本町体育館 課題曲「行進曲ミリタリー・エスコート」「吹奏楽のための寓話」
  • 7月1日 湖北支部演奏会 於長浜市民会館
  • 7月18日〜8月6日 合宿 於北寮 7月26日から8月5日までプールサイド行事に出演。ドリル演奏。
  • 7月21日 高校野球県大会開会式
  • 8月3日 奈良県高等学校吹奏楽講習会 於本校 課題曲「吹奏楽のためのアラベスク」

初めて邦人作品を自由曲に

  • 8月7〜20日 夏季演奏旅行
  • 8月7日 島根、山口への演奏旅行に出発。鶴山会館宿泊。
  • 8月8日 出雲大社奉納演奏。演奏の後、出雲大社見学。大社町文化センターで演奏会。開演の15分前になっても客席にはたった1人。ところがいざ始まってみると不思議なことにいつの間にか客席がいっぱいになっていた。演奏会の後宿舎を移動。日御碕眺瀾荘宿泊。
  • 8月9日 松江市演奏会(県民会館)2回とパレード。演奏会の前に山陰中央テレビの録画どりをした。またここ松江市は非常な水不足のため、われわれの制服をわざわざ出雲市まで運んで洗濯して頂いた。松江分教会宿泊。
  • 8月10日 出雲市演奏会(市民会館)2回とパレード。雲陽分教会宿泊。
  • 8月11日 島根県から山口県へ移動。途中1時間半ほど日本海で海水浴。みんな久し振りの海水浴とあって、体いっぱいに潮をあびた。夕方山口市へ到着。簡易保養センター宿泊。
  • 8月12日 山口市演奏会(市民会館)2回とパレード。山口高校吹奏楽部の要請により、1回目の演奏会終了後、谷口先生による同部への指導。
  • 8月13日 防府市演奏会(公会堂)2回とパレード。山口、防府ともNHKのアナウンサーの司会。山口ではアンコール曲でラテン楽器を持っての大熱演の司会であった。防府大教会宿泊。
  • 8月14日 移動日。防府を後にして萩へ。男性だけのバスに飛び入りのガイドさんのひのきしんがあった。「男なら」を山口会場で歌った大田夫人(元山電バスガイド)。この日から奈良交通の運転手さんは交代。前日までの運転手さんたちのくやしがること。美声に案内されて秋芳洞へ。大勢の観光客で涼しいはずの洞内もムッとするほど。カルスト台地をバックに記念撮影する。2時過ぎ宿舎「楽天池」ホテルに到着。海に突き出た宿の大きな岩風呂の窓の下まで海水が。あわて者が直接ザブン?疲れでこの日4人も発熱者があり、心配したが、支部の方たちにもお世話をかけた。
  • 8月15日 萩市演奏会(市民会館)2回とパレード。
  • 8月16日 下関市演奏会(文化会館)2回とパレード。萩から日本海を右に見て、本州最西端を廻って下関入り。台風の影響で風が強く、あわや帽子が空に飛ぶ場面も。宿舎は開通間近い関門橋や源平の合戦場を見下ろす火の山の中腹にある「海関荘」。
  • 8月17日 柳井市と徳山市をパレード。7時の急行で下関駅から柳井市へ。唯一の国鉄での移動であった。バンドのOBの久角氏が市会議員で活躍。商工会館の前の広場でドリルも披露。再びバスで徳山へ。出光の焼けた工場が見える。笠戸島の宿舎「大城」へは関門橋の小型版の笠戸大橋を渡って行く。
  • 8月18日 光市演奏会(市民会館)2回とパレード。演奏の終わる頃から盆おどりとかち合った。「大城」宿泊。
  • 8月19日 岩国市演奏会(市体育館)2回とパレード。キャプテンとして故郷で演奏出来て嬉しかった。頂いた花束の数もかぞえきれぬほど。夜のガーデンパーティも楽しかった。周東大教会宿泊。
    《演奏旅行プログラム》
  1. ファンファーレ、コラールとフーガ
  2. 交響詩「おやさま」より第2楽章
  3. 吹奏楽のための寓話 吹奏楽のためのアラベスク
  4. 交響詩「自然への回帰」
  5. ウエストサイド物語
  6. ハワイアン・フェスティバル
  7. 日本民謡組曲と島根・山口の民謡
  8. 子供のための組曲 仮面ライダー集
  9. ビートルズは飛んで行く
  10. 変奏曲「バーレスカ」

これで今回の演奏旅行の最後の演奏会が終わった。

  • 8月20日 午前中岩国少年刑務所を慰問演奏。「規律」はわが部のおはこであったが、そのわれわれ部員も目を見張るほどの「規律」がそこにあった。たとえそれが強制されたものであったとしても、演奏を聴いてくれている彼らの態度には学ぶべきものがあった。午後、錦帯橋、宮島を見学した後、一路天理へ向かう。夕食は広島リバーサイドホテルにて。
  • 9月16日 関西吹奏楽コンクール  於滋賀県立体育館 6年連続、18度目の優勝。
  • 9月23日 本校2部体育祭開会式
  • 9月24日 交通遺児と老人を励ます会 於第2食堂
  • 10月1〜2日 天高祭 於天理市民会館
  • 10月4日 天高祭後夜祭 於西グランド
  • 10月10日 奈良県学校合奏コンクール録音 於本校舎食堂
  • 10月28日 女子青年大会
  • 11月3日 朝9時、全日本コンクールのため名古屋に向かう。昼過ぎ愛町分教会着。同教会で練習。
  • 11月4日 全日本吹奏楽コンクール 於名古屋市民会館 4年連続金賞受賞。課題曲「吹奏楽のためのアラベスク」、自由曲「自然への回帰」。
  • 11月11日 全国学校合奏コンクール録音 於NHKスタジオ
  • 11月17日 第3回トップバンドコンサート
  • 11月25日 天理教音楽研究会器楽部第5回定期演奏会
  • 12月3日 第25回全同教研究大会 於奈良市中央体育館

昭和49年度

  • 矢野清先生追悼演奏会
  • 第1回アマチュア音楽祭出演
  • 初のレコーディング

全日本で敗れはしたが…充実した1年

本年は3年生が14名と例年に比べて少なく、いささか心配であったが、2年生24名とともに一致団結して春の行事に臨んだ。とくに今年は矢野清先生追悼演奏会が5月に予定されており、これに向かって一生懸命勤めさせて頂いた。

例年以上に春の行事が忙しく、行事のための練習が常だったが、そんな忙しい4月を終え、5月5日の矢野清先生追悼演奏会も多数のOBの方々とともに無事終え、一つの節を乗り切った。だが、今年は1年生の入部が少なく全員で50数名という近年に見られない少人数になった。これも親神様がわれわれに与えた試練だと思い部員一同再出発を誓った。

6月には課題曲が発表された。だが、これにはAとBの2曲に分けられていた。結局、わが部はBの「高度な技術への指標」を選んだ。しかし、自由曲がはっきり決まらないまま7月に入り例年通り子供おぢば帰りのひのきしんをさせて頂いた。今年は昨年と違って水が豊富でありがたく勤めさせて頂くことができた。

8月8日天理をあとに長野県へと向かった。さいわい信州は天理と違って涼しく、無事演奏旅行を終えることができた。長野県をあとに東京へ第1回日本アマチュア音楽祭出演のため向かった。

8月17日、2年前全国コンクールが行われた普門館でこの音楽祭の最後を飾って出演した。演奏後アンコールの声がかかるほどの人気だった。その夜、一路天理へと向かい、翌朝着き、その夜から合宿という強行スケジュールだった。この合宿はCBSソニー依頼のレコーディングで25日まで行われた。

9月に入り、自由曲もようやく決まり、これから23日の関西コンクールまでの短期間に仕上げなければならないかと思うといささか不安であった。この不安を背負って7日に埼玉教区親子ぐるみ大会出演のため埼玉へ向かった。

9月23日関西コンクールで7年連続通算19度目の優勝を飾った。この自信を生かし、さらに磨きをかけてどれだけ11月5日の全国コンクールを待ち望んだことだろうか。本番で少しミスがあったが、みんなとにかく精一杯やった。しかし、結果は銀賞に終わってしまった。教内外の皆様のご期待に沿いえなかった。どれだけくやしかったことだろうか。部員の中には涙を浮かべる者さえいた。しかし、最後まで天理の真の姿を見せようと誓った。

  • 1月31日 卒業生記念品贈呈式 於本校講堂 新メンバーによる初演奏。
  • 2月27日 卒業式
  • 3月30日〜4月4日 強化合宿 於北寮
  • 4月3日 天理市制20周年記念行事 於天理市民会館
  • 4月7日 天理市制20周年記念行事 於天理市民会館 今年度初めての演奏会とあってみんな緊張した。
  • 4月12日 新入生歓迎クラブ発表会 於天理市民会館
  • 4月13日 交通事故死亡者慰霊祭 於天理市民会館
  • 4月18日 教祖誕生祭 於中庭 シェレンバウム初登場。午後よろこびの広場出演 於天理プール
  • 4月20日 婦人会総会 於中庭 夜、青年会総会前夜祭 於天理プール
  • 4月21日 青年会総会 於中庭
  • 5月5日 矢野清先生追悼演奏会 於奈良県文化会館 この日は多数のOBの方と天中生とともに出演し、また、客演指揮として辻井市太郎先生を迎え、1部は「おもいで」と題され数々の思い出をスライドと音楽で現した。2部は「マーチ・マーチ・マーチ」ドリル演奏を兼ねた。3部は「コンクールより」思い出深い名曲を5曲演奏した。
  • 6月2日 天理青年会議所認証伝達式 於天理市民会館
  • 6月16日 奈良県中学校吹奏楽講習会 於本校 課題曲「行進曲士官候補生」
  • 6月23日 奈良県高等学校吹奏楽講習会 於本校 課題曲A「吹奏楽のためのシンフォニア」小林徹。B「高度な技術への指標」河辺公一。
  • 7月22日〜8月7日 合宿 於北寮 7月26日から8月5日までプールサイド行事に出演。途中雨が降って中止になったこともあったが、子供に喜んでもらえるよう一生懸命やった。
  • 8月8日 長野県へ演奏旅行に出発 天理と違って涼しく快いスタートをきった。茅野会館宿泊。
  • 8月9日 茅野市演奏会 於茅野市民会館 パレードと演奏会1回。この日のパレードは長時間で、その上初めての演奏会とあって大変疲れた。茅野会館宿泊。
  • 8月10日 岡谷市演奏会 於岡谷市民会館 パレードと演奏会2回。茅野市から岡谷市に向かう途中諏訪湖の横を通ったが、その水が予想とうってかわって汚かった。演奏会は昨日よりもよかった。諏訪平分教会宿泊。
  • 8月11日 伊那市演奏会 於伊那市民会館 パレードと演奏会2回。明日が休養日とあってみんなの張り切りよう。とにかく精一杯やった。大屋敷分教会宿泊。
  • 8月12日 高遠町パレード 午後、駒ヶ根市菅の台で地元の少年会員とともにバーベキューパーティーを行う。大変美しい景色に驚く。とくに谷間の素晴らしさ。だが途中で雨が降ってきてひどい目にあった。今となっては楽しい記憶の1ページである。高原荘宿泊。
  • 8月13日 飯田市演奏会 於飯田市文化会館パレードと演奏会2回。この会場は今回の旅行でも最も設備がよく、観客も2回とも満員で好評だった。伊那大教会宿泊。
  • 8月14日 駒ヶ根市演奏会 於駒ヶ根市民体育館 パレードと演奏会1回。今回の旅行の最後の地とあってみんな悔いのない演奏をした。演奏後、最初からわれわれの演奏会のアナウンスをしていた地元の高校生2人とともに記念写真。これを最後に5会場で8回の演奏会を無事終えることができ、また、どの会場もほぼ満員で大変嬉しかった。大屋敷分教会宿泊。
  • 8月15日 山梨県南部町演奏会 於南部中学校体育館はじめ、ここでの演奏会は予定されていなかったが、部長先生の弟さんがおられ、急遽行われるようになった。夜、地元の盆踊りに行く。南部中学校寮宿泊。
    《演奏旅行プログラム》
  1. 第2組曲 R.E.ジェイガー作曲
  2. 交響詩「おやさま」より 第2楽章 陽気つとめ 山田耕筰作曲、矢野清編曲
  3. バレエ組曲「エジプト人」 ルイジーニ作曲 ローレンドー編曲
  4. 全日本吹奏楽コンクール課題曲 A 吹奏楽のためのシンフォニア 小林徹作曲 B 高度な技術への指標 河辺公一作曲
  5. ウエストサイド物語 バーンスタイン作曲
  6. 日本民謡組曲 矢野晄道編曲
  7. 子供のための組曲 谷口眞編曲
  8. ポピュラー音楽 A 駅馬車 岩井直溥編曲 B ビートルズは飛んで行く 長谷勝寿編曲
  9. アンコール曲:学園天国、バンドの世界一周、コパカバーナ
  • 8月16日 移動日南部町をあとに富士山の5合目までバスで登ったがあいにくの雨で何も見えなかった。雲をあとにして東京へ向かう。立正佼正会団参会館宿泊。
  • 8月17日 第1回日本アマチュア音楽祭 於東京普門館5000人収容の会場はさすがに広く、設備も非常によかった。われわれは最後に出演、好評を博し、アンコールの声もかけられた。今日で今年の夏季演奏旅行をすべて終え、夜10時30分一路天理へ向かった。
  • 8月18〜25日 合宿 於本部第12母屋
  • 8月18日 朝7時頃天理に着く。親神様にお礼を申し上げ、ひとまず解散。夕方より合宿。これはCBSソニー依頼によるレコーディングのため。
  • 8月23〜25日・レコーディング 於天理市民会館みんなこんな大がかりな録音は初めてなので少々アガったが、録り直しの回数は思ったより少なかった。
  • 8月24日 第1回日本アマチュア音楽祭 フジTV系で放映
  • 9月7日 埼玉へ授業を終えバスで京都へ。新幹線で東京に向かい、それから埼玉に行く。上尾競技場宿舎にて宿泊。
  • 9月8日 埼玉教区親子ぐるみ大会 於上尾競技場パレードとドリル演奏を披露。ダーク・ダックスやこまどり姉妹も出演した。終了後天理へ向かう。
  • 9月22日 本校2部体育祭開会式
  • 9月23日 関西吹奏楽コンクール 於京都会館7年連続19度目の優勝。
  • 9月29日 第13回女子青年大会式典於本部中庭
  • 10月1〜2日 天高祭市民会館の部出演
  • 10月12日 学校合奏コンクール録音 於天高食堂
  • 11月5日 全日本吹奏楽コンクール 於神戸文化ホール

朝8時学校を出発。10時半頃兵神大教会に到着。そこでチューニングをして最後の練習。それから会場に向かうが、到着時間が遅れてチューニングの時間がなくそのまま出場となった。こうなったら、あとは耳で合わすしかない。3時25分舞台に上がる。1年間の努力をこの12分間というわずかな時間に集中する。一生懸命吹いた。少しミスがあったがとにかく終わった。みんな顔が穏やかになる。教会に戻り夕食を済ませて会場の閉会式に行く。いよいよ発表だ。みんなの心は緊張する。出演順に発表してゆく。天理の前の兵庫高校が終わりいよいよ天理だ「第7番目天理高校、銀賞」この声にそれまで静かだった会場がざわめく。われわれはもちろん客席もみんな信じられなかった。大変ショックだった。3年間通して初めて味わう敗退の味。表彰式が終わってからも茫然としていた。帰校後親神様にご報告する。

  • 11月17日・五条市演奏会
  • 11月23日・第4回トップバンドコンサート 於天理市民会館
  • 12月1日・音楽研究会器楽部第6回定期演奏会 於天理市民会館

このように今年のコンクールは銀賞という結果に終わったが、しかし、これと同時にわれわれは一つの教訓を得た。この教訓を生かして、1、2年生の諸君は部の発展に力を注いでもらいたい。また、部員一同の一層の躍進を祈る。


第17節 ふたたび、海外へ

昭和50年度

  • 東南アジア演奏旅行
  • 交響詩「おやさま」第二楽章で金賞
  • 九州から北海道まで演奏旅行

2度目の海外演奏は東南アジア

3年生が抜けて、新3年生は例年より多く23名。しかし、新2年生は10名という少人数、合わせて33名という例年にない少ない人数でスタートをきった。

今年の春休みには、野球部が甲子園に出場したためOBの方々に手伝って頂いて応援を行った。

4月に入り、われわれには大きな目標ができた。それは東南アジアへの演奏旅行であった。海外への演奏旅行は、吹奏楽部始まって以来2回目、東南アジアへ行けるということは嬉しかったが、しかし、「日本の代表」として恥ずかしくない演奏をせねばならないと部員一同心を新たに、その目標に向かって練習した。忙しい4月の行事も1年生をまじえてどうにか乗り切った。

6月には、北九州への演奏旅行、県中学校吹奏楽講習会があり、そのため、東南アジアの旅行のための練習時間は少なかった。そのうえ、われわれが入部してから初めての曲も数曲あり、プログラムを一通り練習するのがやっとだった。

とうとう出発の日がやってきた。6月30日、本部参拝後天理を出発し、翌7月1日、われわれを乗せた飛行機は午前9時20分羽田空港を飛びたった。昼過ぎにマニラ空港に到着、2日リサール公園でパレード及び野外演奏会、3日カルチャーセンターで演奏会を行った。その演奏会後すぐに飛行機でクアラルンプールへ向かい、4日、クアラルンプールのマラヤ大学で演奏会を行い、5日朝シンガポールへと向かった。午後、国立劇場で行われていたインドア・バンドコンクールに特別出演、翌6日、中国庭園において、パレード及び野外演奏会、7日国立劇場で2回演奏会を行い、東南アジアでの演奏をすべて終了した。8日、シンガポールをあとに、東京へと向かった。夜羽田空港に到着、バスで一路天理へと向かい、翌9日朝無事天理に到着した。旅行先で、病気で倒れたものも何人かいたが、どうにか無事終了した。

旅行の疲れがとりきれないうちに、例年どおりこどもおぢばがえりひのきしんをさせて頂いた。

8月7日、演奏旅行へ出発した。今年は長崎の被爆30周年のため、長崎でパレード、慰霊演奏会を行った。その後、新潟の十日町でパレード、演奏会を行い、北海道へと向かった。小樽、苫小牧、静内、室蘭、函館と演奏会を行い、22日小樽からフェリーに乗っり舞鶴へと向かった。途中ハプニングもあって23時間遅れて舞鶴に着き、24日無事に天理に到着した。

2学期が始まり、コンクールの自由曲は山田耕筰作曲、矢野清編曲、交響詩「おやさま」より第2楽章《陽気づとめ》ときまり、9月14日の関西コンクールを目指して練習をした。今年の目標は、全日本コンクールで「金賞」を取ることであり、その前には、当然関西コンクールでは優勝を遂げねばならなかった。9月14日、関西コンクールで優勝を手にした。次はわれわれの最終目標であった全日本コンクール。去年は銀賞だった。だから今年は意地でも金賞を取らねばならない。部員一同、精一杯練習をした。いよいよ10月26日、全日本コンクール。わずか12分に今までの練習のすべてをかけた。ミスがあった。しかし、やるだけはやった。審査発表「天理高校金賞」。去年のことがあっただけにみんなの喜びも一層強かった。

今振り返ってみて、本年は「東南アジア演奏旅行」と「全日本コンクールで去年取れなかった金賞を取る」という例年にない大きな2つの目標があった。その目標を達成するのに必要となったのは、3年生23名がいかにまとまり、クラブ全体をいかに盛り上げるかであった。言ってしまえば簡単なことかもしれない。しかし、それは容易なことではなかった。23名という多い人数、たしかにまとまれば力がある。しかし、最上級生という解放感、安心感があるために、なかなかまとまらなかった。50名の人間が集まって一つの音楽を演奏するのには、演奏技術が必要であるが、それ以上に「和」というものが大切である。その和の中心となるのは3年生。その3年生が例年より多く、クラブ全体がまとまらなかった。しかし、われわれには、大きな目標が2つあった。その目標を達成せねば!と一生懸命練習し、それがわれわれに「和」をもたらしてくれたのだろう。海外旅行も無事終え、金賞も手にした。今年は例年以上に行事が多かった。それだけに、有意義な年であったと思う。

  • 1月31日 卒業生記念品贈呈式 於本校講堂 新メンバーによる初の演奏。
  • 2月27日 卒業式3月24日〜4月2日・強化合宿 於北寮
  • 3月29日 選抜甲子園大会応援
  • 4月2日 選抜甲子園大会応援
  • 4月5日 入学式
  • 4月12日 新入生歓迎クラブ発表会 於天理市民会館
  • 4月18日 教祖誕生祭 於中庭
  • 4月19日 青年会総会 於中庭
  • 4月20日 婦人会総会 於中庭 例年通り忙しい4月の行事も無事終えることができた。
  • 6月7日 8日に北九州で行われる一手一つ大会に参加するため、バスで京都に向かい、新幹線で北九州へと向かう。西鎮分教会宿泊。
  • 6月8日 北九州一手一つ大会 午前中パレード、午後、新日鉄大谷体育館にて演奏会を行う。その後一路天理へ向かう。
  • 6月15日 奈良県中学校吹奏楽講習会 於本校 練習曲:「コバルトの空」
  • 6月30日〜7月9日 東南アジア演奏旅行 (別掲東南アジア演奏旅行記参照)
    【演奏会プログラム】
  1. 序曲「コリオラン」ベートーベン作曲
  2. 交響詩「おやさま」 山田耕筰作曲 第2楽章 陽気つとめ 矢野清編曲
  3. 交響曲第4番 終楽章 チャイコフスキー作曲
  4. バレエ組曲「エジプト人」 ルイジーニ作曲
  5. 意想曲「ハリケーン」ポール・ヨーダー作曲
  6. 「アラビアのローレンス」モーリス・ジャール作曲
  7. 日本民謡組曲 矢野晄道編曲
  8. ビートルズは飛んで行く 長谷勝寿編曲
  9. ウエストサイド物語 バーンスタイン作曲
  10. ハロー・ドーリー ジェリー・ハーマン作曲
  11. アンコール曲:各国民謡、テレビ組曲、コパカバーナ、その他
  • 7月22日〜8月6日 合宿 於北寮
  • 7月24、25日 ハワイ団、アメリカ団出迎えパレード
  • 7月26日 ハワイ団、アメリカ団歓迎会 於第2食堂
  • 7月26日〜8月5日 プールサイド行事 鼓笛バンドフェスティバルにてひのきしんをさせて頂いた。
  • 8月3日 奈良県高等学校吹奏楽講習会 於本校
  • 8月7〜24日 長崎、新潟、北海道演奏旅行
  • 8月7日 夕方バスで大阪に向かい、特急「あかつき2号」に乗り、長崎に向かう(車中泊)。
  • 8月8日 夜、長崎平和公園で行われた被爆30周年第3回原爆殉難者慰霊祭で、追悼演奏を行う。「式典のための音楽」を演奏。旅館てらだ宿泊。
  • 8月9日 午前中パレード、県庁前にてドリルを行い、午後6時から長崎市公会堂において慰霊演奏会を行う。旅館てらだ宿泊。
  • 8月10日 長崎をあとに、天理へと向かう。夕方天理に着く。甲府詰所宿泊。
  • 8月11日 朝、新潟の十日町市へ出発する。夜、十日町市の北越分教会に到着。同教会宿泊。
  • 8月12日 午前中、十日町市民会館ホールで練習を行い、午後4時から北越鼓笛隊の先導で市中パレードを行う。夜7時から市民体育館でチャリティーコンサートを行う。途中、北越鼓笛隊と共演もあった。会場は満員で大変楽しかった。北越分教会宿泊。
  • 8月13日 朝、北越分教会を出発し新潟港へ向かう。昼頃、新日本海フェリー「あかしあ丸」で、北海道へ向かう。フェリーの中では、みんな思い思いに時間を過ごした。(船中泊)
  • 8月14日 朝、小樽入港。マイクロバス3台に分乗し、天理教小樽会館へ着いた。食事、休憩の後、小樽市民会館へ行き練習を行う。午後から2回の演奏会を行う。司会の方が大変おもしろい方で、われわれそして会場全体の雰囲気を盛り上げてくださった。天理教小樽会館宿泊。
  • 8月15日 移動日。朝小樽を出発する。札幌にある北海道教務支庁で昼食、休憩後出発する。今年の全日本コンクールの会場、厚生年金会館の横を通り展望台へ行き札幌市を展望し、サッポロビール工場を見学後、富ヶ岡学園へ向かう。富ヶ岡学園とは、精神薄弱児の施設である。夕食後、講堂で演奏会を行う。富ヶ岡学園宿泊。
  • 8月16日 朝、富ヶ岡学園を出発、苫小牧へ向かう。苫小牧にある樽前分教会で昼食、午後から2回演奏会を行う。夜、入浴後会長宅にて食事を頂く。樽前分教会宿泊。
  • 8月17日 静内文化センターで、演奏会2回。1回目の演奏会終了後バスに乗り、「ハイセーコー」を見学に行った。うぐいす谷ホテル宿泊。
  • 8月18日 移動日。静内から洞爺へ向かう。途中昭和新山、アイヌ部落を見学した。この時とばかり、みんな土産を買っていたようだ。洞爺北海ホテル宿泊。
  • 8月19日 朝、室蘭へ向かう。途中マイクロバス3台のうち1台が故障、信者さん方の自家用車で送ってもらうというハプニングが起こった。新日鉄体育館で演奏会を2回行う。1回目は大谷高校吹奏楽部、2回目は新日鉄室蘭吹奏楽部の賛助出演があり、2回目の終わりに新日鉄室蘭吹奏楽部とマーチを合同演奏する。本輪西分教会宿泊。
  • 8月20日 朝、室蘭を出発し、函館へ向かう。函館市民会館前で盛大な歓迎を受け、昼と夜、2回演奏会を行う。OBの方が2人、われわれにまじって演奏してくださった。2回とも会場は満員で大変嬉しかった。これで北海道の演奏活動派すべて終了した。花菱ホテル宿泊。
    【演奏会プログラム】
  1. 序曲「コリオラン」ベートーベン作曲
  2. 交響詩「おやさま」  山田耕筰作曲 第2楽章陽気つとめ 矢野清編曲
  3. 全日本吹奏楽コンクール課題曲 Aポップス・フォー・オーバーチャー「未来への展開」 岩井直溥作曲 B吹奏楽のための練習曲 小林徹作曲
  4. 第2組曲 ジェイガー作曲
  5. 意想曲「ハリケーン」ポール・ヨーダー作曲
  6. ウエストサイド物語 バーンスタイン作曲
  7. 日本民謡組曲 矢野晄道編曲
  8. ビートルズは飛んで行く 長谷勝寿編曲
  • 8月21日・移動日。演奏活動もすべて終わり、あとは帰るのみ。帰りもフェリーなので、小樽へ向かう。天理教小樽会館に宿泊。
  • 8月22日・9時過ぎ、われわれを乗せた新日本海フェリー「すずらん丸」は小樽港を出航。北海道をあとに舞鶴へ向かう。フェリーの中ではみんな思い思いに時間を過ごす。何もすることもなく、食っては寝、食っては寝ている者も多かった。
  • 8月23日・朝起きると船がひどく揺れている。台風と出会ったのである。予定では、今日の18時には舞鶴に着くはずなのに、予定が大きく変わり佐渡島沖で停泊することになった。船が大きく揺れて気分の悪くなる者もいた。夜遅くなってから船を動き出した。
  • 8月24日・台風は通過したのだが、海は荒れていて、船は揺れている。みんな「暇だ、暇だ」と言いながら、寝たり、マンガを読んだりして時間をつぶした。予定より23時間遅れて舞鶴港に入港。バスに乗り一路天理へ向かう。夜天理に着き、無事終了したことを親神様にお礼申し上げ、解散。

「おやさま」で金賞−本年2度目の札幌で−

  • 9月14日 関西吹奏楽コンクール  於奈良県文化会館 8年連続20回目の優勝。
  • 9月23日 学校合奏コンクール録音  於天高食堂
  • 9月25日 音楽研究会創立20周年記念フェスティバル ステージドリル
  • 9月28日 教祖九十年祭決起の集い 於泉水プール
  • 10月1、2日 天高祭市民会館の部
  • 10月22日 札幌へ 札幌で行われる全日本吹奏楽コンクール出場のため天理を出発する。バスで舞鶴に向かいフェリーで小樽へ向かう。(船中泊)
  • 10月23日 船の食堂を借りて、フルート、クラリネットは口ならしをする。(船中泊)
  • 10月24日 朝、小樽に着き、小樽から札幌の北海道教務支庁へと向かう。食事後江別市民会館へ向かい、練習をする。北海道教務支庁宿泊。
  • 10月25日 昨日と同じく、江別市民会館で練習。
  • 10月26日 全日本吹奏楽コンクール 於札幌厚生年金会館 北海分教会で練習後、会場へ向かう。3時20分いよいよ本番。プログラムの最後19番目に演奏した。わずか12分に1年間の練習のすべてをかけた。ミスもあったが、やるだけはやった。いよいよ審査発表。「天理高校、金賞」去年のことがあるだけに、一層喜びは大きかった。課題曲「吹奏楽のための練習曲」小林 徹作曲、自由曲交響詩「おやさま」より第2楽章〈陽気づとめ〉山田耕筰作曲、矢野清編曲。
  • 10月27日 札幌から小樽へ向かい、新日本海フェリー「すずらん丸」に乗る。「すずらん丸」に乗るのは3度目。トランプをしたり、甲板で遊んだり、思い出話をしながら時間を過ごす。行きも帰りも偶然今津中学校の吹奏楽部といっしょだった。(船中泊)
  • 10月28日 夕方6時舞鶴に着き、バスで天理に向かう。夜10時過ぎに学校に着き、親神様にお礼申し上げ、解散する。
  • 11月1日 岡山へ 夕方5時からパレードを行う。教務支庁宿泊。
  • 11月2日 岡山教区大会 岡山武道館で2回演奏会を行う。演奏会終了後、食事をとり、その後天理へ向かう。
  • 11月15日 天理小学校創立50周年記念音楽会 於天理市民会館
  • 11月23日 奈良県トップバンドコンサート 於天理市民会館
  • 11月30日 音楽研究会器楽部第7回定期演奏会 於天理市民会館
  • 12月6日 第2回日本アマチュア音楽祭 於大阪フェスティバルホール

このようにして今年1年が終わった。今年は、教祖九十年祭の前の年、そんな大事な年に、東南アジアの演奏旅行をさせて頂き、そして全日本コンクールでは、交響詩「おやさま」を演奏して「金賞」を得ることができて大変ありがたい、嬉しい1年であった。


東南アジアの旅

…各地で熱狂的な歓迎…

親善の大役はたす

万国共通語と言われる音楽、人々の心にうるおいと、安らぎを与えてくれる音楽は、平和の原動力ともなっている。複雑化していく世界情勢を緩和し、「音楽を通じて国際親善を」との趣旨で、日本国民音楽振興財団の依頼を受け、わが天理高校吹奏楽部一行53名は7月初めにフィリピン、マレーシア、シンガポールの東南アジア3カ国へ演奏旅行に出かけた。

吹奏楽部の海外での演奏旅行は、昭和40年に、世界最大といわれるアメリカの花の祭典、ローズ・パレードに参加して以来2度目である。

このたびの3カ国にわたる親善演奏旅行では、いずれの会場も満員の聴衆で埋められ、熱狂的な歓迎を受けた。各会場の人々は「これが本当に高校生の演奏か」という驚きや感嘆の声が多く、今後も定期的に指導してほしいという要望もあった。なかには、子供をぜひ天理高校へ入学させて、吹奏楽を学ばせたいとの声もあり、われわれ一同を大変喜ばせたものである。

また、技術面だけでなく、部員たちの規律正しい行動も人の注目を集めた。暑い中、また強行スケジュールの中、部員たちは会場の準備やあとかたづけを自分らで行い、こうした行動は現地の新聞、ラジオ、テレビなどでも報道され、親善の大役を果たすことができた。とくに現地の日本大使館の関係者などは、東南アジアの人々は、日本の文化を低くみているので、今回の演奏をきっかけに、日本の文化水準が高いのを認識新たにし、これからの文化活動が非常にやり易くなったと、おほめの言葉をいただいた。

また、九十年祭を目前にして、各会場で必ず、交響詩「おやさま」を演奏し、東南アジア各地で活動する教友の布教の手助けになれたことは大きな喜びであった。

《東京へ》

【6月30日】部員一同は、初めての海外旅行とあってその準備に忙殺され、その上、新入部員を迎えてまだ間もないため、十分練習もできぬまま東南アジアへ演奏旅行に出かけた。

本部参拝後、学校前で校長先生より激励の挨拶を頂いて、父兄やOBに見送られる中、一路東京へ向かった。約4時間後に東京駅に到着、今晩の宿舎である本芝大教会へ向かった。本芝大教会では今回の東南アジ A演奏旅行の添乗員である諸田氏よりパスポート類及び注意事項についての説明があり、次第に東南アジアを身近に感じてきたようだ。その後、われわれはこの演奏旅行の結団式が執行される笹川記念館へ向かった。笹川記念館では、日本国民音楽振興財団の役員及び、われわれと共演することになっている駒沢大学、日本大学のバトン・クラブのメンバーたちと結団式に臨んだ。2代真柱中山正善氏と友人関係である笹川会長は、「全人類は兄弟である」とおっしゃっておられた。このことは、われわれも、もちろん同感であり、天理教の目標とするものであるので、この言葉を聞いてわれわれ一同今回の演奏旅行の責任の重大さがひしひしと感じられ、身の引き締まる思いであった。

この後、キャプテン米田君の力強い宣誓の後、万歳三唱乾杯で結団式を終了した。その後、本芝大教会にて、フィリピンから送ってきたばかりで、まだ練習も行っていない「フィリピン・エアー」に取り組み、夜おそくまで練習にはげんだ。

《マニラへ》

【7月1日】前日の夜おそくまでの練習にもかかわらず部員一同朝早く目がさめ、緊張した面持ちで出発準備に取りかかった。

東京国際空港に到着後、荷物の検査、楽器の積み降ろし、などを終え、ようやく出国手続きに取りかかった。いよいよ出発だ。午前9時20分、JAL-741便に搭乗。うきうきした気持ちで日本を離れた。飛行時間約4時間、機内で昼食、国内線とは比較にならないほど豪華だ。ほんのひと飛びで紺碧の海に囲まれたフィリピン上空に到着、現地時間、12時10分(日本とマニラの時差は1時間)に無事マニラ国際空港に着陸。部員一同ほっと胸をなでおろした。飛行機から出ると「むっ」とする熱帯地方特有の熱風とともに、送迎デッキから、今回の海外演奏旅行の準備をして下さったシンガポール出張所の井上氏をはじめ、その他多くの人々の歓迎の声が聞こえた。そして入国手続きを終えると、歓迎のため部員一同南国特有の香りの強いレイを現地女性に首にかけてもらい、陽気な気持ちになった。しかし、空港で楽器及び私物をホテルと、演奏会場であるカルチャーセンターまで運ぶトラックが来ることは来ていたが、小さなトラックで、それで何回も往復しなければならなかった。

そして、荷物がほとんど運び終わって後、大きなトラックがやって来て、積む荷物がない有り様で、この国の仕事のスローモーさにわれわれは驚かされた。その上、楽器類を扱ったことのないポーターたちが多いので、楽器を無茶苦茶に積んだのか、いざ練習をする段になって、破損が目立ち、ある楽器などはピストンが動かなくなってしまい、ひっかかっている部分を研磨剤でへらしてやっと使える始末であった。

このように空港でもたもたしたため、予定より1時間遅れて宿舎のベイビュープラザに向かった。バスはロハス通り(ここから見るマニラ湾の夕焼けは最高であると言われているが、われわれはついに見る機会に恵まれなかった)を進む。ガイドは、現地人で日本人と間違うほど流暢な日本語を話し、マニラでは言葉に不自由することはないと安心した。ホテル前では、リサール公園バンドの立奏歓迎を受けたのち、本日2度目の昼食を取った。出て来た食事はとても口に合わないという説明を受けたが、2度目の昼食にもかかわらず部員の食欲をみると食事に関して心配することはないと思った。昼食後、マニラでの演奏会場で早速、約2時間の練習を行った。

マニラでサイン攻め−パレード囲む人垣−

《マニラ市内見学》

【7月2日】午前中マニラ市内見物に出かけた。マニラ市内の道路はジープニーと呼ばれるジープの荷台に乗客をのせるタクシーが多く走っており、われわれ一行を乗せたバスはその間をすりぬけながら、リサール公園及び記念館を訪れた。リサールはフィリピンの革命運動家であり、国民的英雄で、リサール公園は彼を記念して名付けられたものである。リサールが処刑された場所は記念碑があり、2人の警備兵が四六時中立っている。その後、サンチャゴ要塞を訪れた。この要塞は、ホセ・リサールが投獄されていたこともあり、今もその牢獄がそのままの姿で残っている。またここは第2次世界大戦中は日本軍の憲兵隊の司令部が置かれ、大勢のフィリピン人が収容されていた所でもある。そして、中国人墓地や、何万という戦死したアメリカ人の白い十字架が緑の芝生の中に見わたすかぎり整然と並んでいるアメリカ記念墓地など、マニラ市の名所旧跡を訪れた。初めての海外旅行とあって暑さもなんのその、みんな陽気そのものであった。

市内のレストランで昼食後、本日行われる予定の野外演奏会のため、ホテルで一同午睡。3時過ぎ、演奏会場であるリサール公園に出かけた。しかし、またもや、南国特有のスローモーさのため楽器運搬用のトラックが来ず、いらいらし通しであった。

いよいよ本番ということで、ひきしまった気持ちでパレードを開始。やはりこのようなパレードを見たことがないのか、多くの人たちは、パレードとともに行進をした。パレード終了後広場において、野外演奏を開始、音を出す前からわれわれのまわりには幾重もの人垣をでき、1曲終わるたびごとに多大の拍手があり、一層奮起して演奏した。そのうちこちらも負けてはいられぬと、地元リサール公園バンドもわれわれに引き続いて交代で演奏し始めた。彼らの音楽には学ぶべきものもあり、大いに参考になった。そしてお互いに吹きあっているうち、夕日も沈み午後7時30分、野外演奏は終了。

ホテルまで歩いて帰り、楽しみの食事。日本では食べることのできない食べ物に、一生懸命であった。食べる量は、ホテルのボーイも驚くほどで、追加の料理ができるまで列をなしているほどであった。その夜は、自由時間が少しあり、部員は、思い思いにマニラの夜を過ごした。しかし、散歩に出かけたりする者は、誰もいなかった。やはり言葉の通じないことと、マニラの夜は、物騒であるためか。

《マニラ演奏会》

【7月3日】今日はカルチャーセンターで初の室内コンサート。7時40分に出発、カルチャーセンターは、マニラ湾へ突き出た一角にあり、マニラ湾が一望に見渡される近代的な建物である。そこで約1時間のリハーサル後、10時に演奏開始、幕開けの「越天楽」のファンファーレには、会場の人々があまりのボリュームなのにびっくりした様子であった。客席を見ると、女子学生が大半を占めていた。話によると、文化庁より各学校に連絡がいっており、学校あげて聴きに来られ、マニラ市内の学校は言うに及ばず、フィリピン諸島の島々からも来ていたようだ。満員の聴衆に喜んでもらえるよう張り切って吹いていたようだ。約2時間の演奏終了後は、楽屋の入口まで大勢の学生がサインを求めに来ていて、みんな、顔を赤らめながらサインにこたえていた。

この後すぐにわれわれ一行は、次の演奏目的地であるクアラルンプールへ向けて出国の準備に取りかかった。マニラ空港で昼食後、午後3時30分、JAL-747便で、バンコクへ、バンコクからタイ航空のTG-415便でクアラルンプール国際空港に午後8時半頃到着した。途中飛行機になれないためか、降下中吐き上げる者もいたが、すぐに元気を取り戻しひと安心。空港ではクアラルンプールの文化庁の方と挨拶を終えた後、空港で待たされること数時間、最初何の理由で待たされるのか分からなかったが、前日にプロボクシング世界ヘビー級タイトルマッチがクアラルンプールで行われ、われわれ一行が到着した時、そのボクサーが出国するため空港にやって来たのを、空港の係官たちが、一目見ようと仕事を放り出したため、われわれの私物、楽器等、検査ができなかったためであった。どうして、南国は、どこでもスローモーで、呑気なのであろうか。でもようやく検査も終わり、3年生は、明日の演奏会場のマラヤ大学へ楽器運搬、1、2年生は、先に今夜の宿舎であるマラヤホテルへ私物を置きに二手に分かれた。結局3年生がホテルに帰ってきたのは午後11時半で、それから食事、でもマニラで見せたあの食欲はどこへやら。疲労のため食欲もなくみんなぐったりとした様子であった。しかし、たったひとつの救いは、ホテルで出されたチャイニーズティーという飲み物でやっと生気を取り戻した。結局その日寝静まったのは午前2時頃であった。

暑さも吹き飛ばして−入場券は売り切れ−

《マラヤ大学にて演奏会》

【7月4日】昨夜の疲れがまだ残っているのかみんな眠そうである。眠いのを我慢しながら午前10時にクアラルンプール市内見物に出かけた。マレーシアは錫の産地でもあるので、錫の露店掘り、錫工場や天然ゴム林など訪れた。天然ゴム園では現地の人が、ゴムの採収の仕方を実演してくれた。地理の本などによく写真が出ているが、本物のゴムの木を見るの初めてとあって、みんな熱心に見ていた。しかし、旅の疲れと、暑さのためみんなぐったりとした様子。でも午前中のんびりと過ごしたためか、今夜の演奏会の練習に入ると、やはりできる限りの演奏をしようとするのか、練習に熱が入ってきた。午後7時30分から演奏開始、聴衆はやはり学生がほとんどであった。そしてマレーシア民謡を演奏した時は、会場割れんばかりの拍手に旅の疲れなど吹き飛ぶ思いで大変嬉しかった。演奏会後、市内の学生らと交換パーティーの席が設けられ、みんな使いなれぬ怪しげな英語を操り一生懸命話をしていた。でも分からぬ中にも結構楽しいひと時を過ごした。なお、今日の演奏会の出席者の中には、文化青年体育大臣のマーマド氏をはじめ、文部大臣、マラヤ大学副総長などがおられた。

その夜は、翌日にそなえて早く就寝。

【7月5日】起床6時、朝食もそこそこに出発準備を整え空港へ向かう。毎度のことながら吹奏楽部の強行スケジュールには参ってしまう。でもそれだけ責任ある仕事をしているのだと思えば気持ちに張りが出て、苦労も吹き飛んでしまう。

9時30分、われわれ一行は、マレーシア航空-605便で今回最終目的地であるシンガポールに到着、空港ではわれわれの世話役である井上氏の通訳で、レセプションが行われ、シンガポールの報道陣が会議室へ詰めかけ、国あげての歓迎といってもいいすぎではなく、改めてこの演奏旅行における責任の重大さを感じるのだった。空港を出ると赤道直下とあってさすがに暑い。みんな暑さで体がまいってしまうのではないだろうかと思えるほどだ。しかし、みんなの顔は明るい。そんな暑さなど吹き飛ばすように4時30分からインドア・バンドコンクールにおいて招待演奏をした。

シンガポール国立劇場は、明後日の演奏会場でもあり、第1回東南アジア文化祭の催された場所でもある。そしてバンド・コンクールが終わった後、前々からわれわれの演奏会の入場券が売り切れてしまって、どうあっても聴きたい人々の要望にこたえるため、特別公開リハーサルを行った。われわれにとっては、これほどまでに演奏を聴いて頂けるのは光栄であった。その後宿舎であるオーキッド・インに向かう。宿舎では夕食後、各自思い思いの時間を過ごす。

《真柱をお迎えしての演奏会》

【7月6日】午前中はジュロンのバード・パークにある中国庭園でパレードとコンサートを行った。パレードが終わると体中汗びっしょり。その後野外コンサートを開いたが、前日、コンゴへ行かれる途中、シンガポールへ立ち寄られた真柱様に演奏を聴いて頂け、本当に幸せであると思った。

午後は国立スタジアムで開かれている、青少年フェスティバル観閲式を見学。直射日光の下での一糸乱れぬ規律正しさには、頭の下がる思いである。

夜は真柱様がわれわれをヒルトンホテルの夕食会に招待して下さった。夕食会では、井上氏の開いている日本語学校の生徒も招待されており、豪華な食事を前にみんな和気あいあいとした様子に真柱様も満足された様子であった。

最後の演奏会

《楽しいショッピング》

【7月7日】今日待ちに待ったショッピングの時間、日本を出発する前から「何を買おうか」と言っていた。みんなの両手には土産物で一杯、中身はいったい何だろうか。

午後7時30分、東南アジアでの最後の演奏会開会。演奏前に、「最後の演奏会だ。しっかり吹こうぜ」の合言葉で一手一つになり、シンガポールの人々に演奏を披露した。アナウンスは、英語、中国語、日本語の3ヵ国語でされ、聴衆も満員、いかにも親善演奏にふさわしい。ファンファーレで幕が上がり、第1曲「コリオラン序曲」。続いて「交響詩おやさま第2楽章陽気づとめ」からムードは一変して「エジプト舞曲」そして「ハリケーン」の音に聴衆は圧倒されたようだ。続いて「アラビアのローレンス」「日本民謡」最後に「ビートルズは飛んで行く」で締めくくる。次々と花束が贈られてアンコールも重なり「コパカバーナ」のフィナーレに満場拍手の渦。

できるかぎりの演奏をという僕らの気持ちが通じたのか、大変喜んで頂けたと思う。演奏終了後茶話会で、劇場の支配人とか、大臣と懇談し、東南アジアでの最後の夜を楽しんだ。

《帰国》

【7月8日】はやる心を抑えJAL-712便で無事日本へ午後9時30分到着、税関の検査も高校生ということもあって誠にスムーズに終わり、その足でバスに乗り込み、一路天理へ。

9日朝9時無事に天理に着き、校長先生の出迎えをうけ、ねぎらいの言葉を頂いて東南アジア演奏旅行全行程を終えた。


昭和51年度

  • 彦根、敦賀、田辺演奏旅行
  • シンガポールティーチャーズバンド交歓会

「銅賞」屈辱のコンクール

今年も昨年に続いて、全日本コンクールにおいての「金賞」を最終目標として、短い練習時間ながら、練習を重ね奮闘努力してきた。今年の部活動の1年間を振り返ってみるといろいろな面で解決していかなければならない課題をもち、その試練を乗り越えて、部活動がさらに飛躍していく過渡期であったように思う。いわば吹奏楽部そのものの根本を見直すのにいい時期だった。

12月、3年生が抜けたあと、新メンバーによるクラブ活動のスタートをきったが、部員不足が悩みの種となった。1、2年生合わせて25人という人数ではパレードも満足にできない。4月に入って新入部員を迎えた時期になっても全員で50名に満たない状態だった。この2、3年部員不足が続き、クラブの改革によってこの問題を解決するため、「和」のもとにクラブを活発にしようと活動を行った。

冬から春にかけて少人数の部員で、必要となる基礎技術の徹底を期して、まず音づくりをするため基礎的練習を行った。

4月から新入部員をまじえての本格的活動が始まった。コンクールまでの数ヵ月間に約半数を占める1年生をどう引っ張っていくかが大きな目標となった。4月の忙しい行事があるなか、2、3年生が協力し、自分たちの技術向上とともに1年生を指導していくように努めた。

6月には演奏旅行があり、7月にもおぢばがえりひのきしんなど舞台に出る機会が多くなった。そのため直接舞台演奏に通じる練習も要求され、また舞台に慣れるということもコンクールに通じるものがあった。

おぢばがえりひのきしんが終わると、関西コンクール目指しての練習が始まった。今年も、「心に訴える演奏を!」を目標にして練習に励んだ。この時期には演奏に大きく影響する部員全体の和も大切にしようと努めた。関西吹奏楽コンクールで優勝を手にし、全日本コンクールに臨んだわれわれにとって、吹奏楽に求めるものの根本的相違の結果が生んだ「銅賞」は、大きなショックであり、部にとっては、新しい吹奏楽の開発ということが必要になった。

この1年間、谷口先生の指導のもとにひとつひとつの行事を大切にこなしていくことによって、吹奏楽部というクラブ活動を、活発にし、発展させようと A全部員が心を合わせ、目指した1年だった。

  • 12月9日 オーストラリア選抜ラグビーチーム歓迎演奏 雨模様の天気のなかで、本校南グランドでの立奏だった。
  • 1月9日 教祖九十年祭の録画どりのためのパレード 於真南通りから神殿前 予餞会 於本校食堂
  • 2月27日 卒業式  式典演奏及びパレード。新メンバーによる初の演奏で緊張した。パレードでもテンポが狂うなどミスが目立った。
  • 3月24日〜4月3日 強化合宿 於北寮 基礎技術の確立と新入部員をまじえての4月からの行事の準備期間としての合宿になった。
  • 3月29日 選抜高校野球大会応援  於甲子園球場 天理教関係の曲や童謡を中心に演奏した。
  • 4月3日 選抜高校野球大会応援 於甲子園球場
  • 4月13日 新入生歓迎クラブ発表会 於天理市民会館
  • 4月18日 教祖誕生祭  式典演奏(本部中庭)及びパレード(本通り〜真南通り)
  • 4月19日 青年会総会 式典演奏(本部中庭)及びパレード(本通り〜真南通り)
  • 4月20日 婦人会総会 式典演奏(本部中庭)及びパレード(真南通り) 例年通りの忙しい4月の教内行事も新入部員の参加を得て無事勤めさせて頂いた。
  • 4月29日 婦人会の依頼による録音 曲「小寒様につづく道」
  • 6月6日 奈良県中学校吹奏楽講習会 於本校 練習曲「先頭指揮官」
  • 6月13日 奈良県高等学校吹奏楽講習会 於本校 練習曲「大空」 6日の講習会同様モデル演奏であった。準備に大変苦労した。
  • 6月19日 彦根演奏旅行 放課後、バトン部とともにバスで彦根市に向かった。到着後、彦根市役所前から彦根分教会までパレードを行った。彦根市簡易保険保養センター宿泊。
  • 6月20日 11時に彦根分教会から彦根市民会館までパレード。4時から演奏会。
    《演奏旅行プログラム》
  1. フィガロの結婚 モーツァルト作曲
  2. 第1組曲 G.ホルスト作曲
  3. 吹奏楽のための太神楽 小山清茂作曲
  4. 阿波踊考 河辺浩市作曲
  5. 日本民謡組曲 矢野晄道編曲
  6. 大江戸吹雪、彦根ばやし
  7. バンドの世界一周 H.ワルターズ、P.ヨーダー作曲
  8. 栄光への脱出、大脱走、ビューティフルサンデー

初めてのステージ演奏で、音があまり出ず、ミスが多かった。

  • 7月1日・奈良県学校対象吹奏楽コンクール課題曲勉強会 於本校
    演奏曲目:全日本吹奏楽コンクール課題曲
  1. A 即興曲  後藤洋作曲
  2. B 吹奏楽のための協奏的序曲 藤掛廣幸作曲
  3. C カンティレーナ 保科洋作曲
  4. D ポップス描写曲「メインストリートで」岩井直溥作曲
 

モデル演奏と練習を目の前で聴かれて全員とても緊張していたようだ。

  • 7月21日〜8月6日 合宿 於北寮
  • 7月23日 アメリカ団参出迎えパレード 於学校から本部神殿前まで
  • 7月26日〜8月5日 プールサイド行事(鼓笛バンドフェスティバル) ひのきしん及びパレード。午前中はコンクールのための練習、夜はプールサイド行事と例年通りの忙しい毎日だったが、最後まで無事にひのきしんさせて頂いた。
  • 7月27日 高校野球夏季県大会応援 於橿原球場
  • 7月28日 高校野球夏季県大会応援 於橿原球場
  • 7月31日 高校野球紀和大会応援 於橿原球場 2、3年生だけの応援であった。
  • 8月5日 柔道部全国大会優勝祝賀パレード 駅前〜神殿
  • 8月7〜15日 合宿 於繁藤詰所
  • 8月9日 全国高校野球選手権大会応援 於甲子園球場
  • 8月15日 全国高校野球選手権大会応援 於甲子園球場
  • 8月17日 全国高校野球選手権大会応援 於甲子園球場 熱い日差しのなかで、天中吹奏楽部とともに応援を行った。とくに15日は非常に暑く、汗だくの応援だった。
  • 8月15〜30日 強化合宿 寮生のみ繁藤詰所に合宿。今年は例年行っている夏休みの演奏旅行がなく、その分、30日の関西コンクールのための練習ができたが、高校野球の応援のために思うように練習ができなく、応援が終わってからやっと本格的なコンクールのための練習ができた。
  • 8月29日 京都へ 30日のコンクールのため京都に出発。河原町大教会で練習。同教会宿泊。
  • 8月30日 関西吹奏楽コンクール 於京都会館 合宿中、思うように練習がはかどらずコンクール数日前まで不安であったが、当日午前中の練習でみんなひとつになって本番を迎えることができた。そして9年連続21回目の優勝を遂げることができた。課題曲「吹奏楽のための協奏的序曲」藤掛廣幸。自由曲「皇太子のための祝典音楽」陶野重雄。
  • 9月4日 敦賀演奏旅行 パレードと屋外演奏 於敦賀駅前。土曜日を利用しての日帰りの演奏旅行であったため強行スケジュールとなった。
  • 9月18〜19日 中紀大教会鼓笛隊結成20周年チャリティーコンサート 於田辺市公会堂 18日12時に出発して5時間かけて田辺市に到着し、7時30分から演奏会をした。中紀大教会宿泊。19日は10時30分、田辺駅前から田辺市公会堂までパレードし、1時から演奏会を行った。
  • 9月23日 全国学校合奏コンクールのための録音 於教庁4階講堂 曲目「皇太子のための祝典音楽」
  • 9月26日 女子青年大会 於本部中庭
  • 9月30日 天高祭市民会館の部
  • 10月1日 天高祭市民会館の部 演奏曲目「栄光への脱出」「吹奏楽のための協奏的序曲」「皇太子のための祝典音楽」「ザ・ブルース」。毎日の練習の成果を天高生に聴いてもらう時がきた。ふだんあまり天高生には聴いてもらう機会がないのでみんなはりきって演奏していた。
  • 10月24日 奈良県信用金庫大会 於天理市民会館 演奏曲目「アラビアのローレンス」「吹奏楽のための協奏的序曲」「皇太子のための祝典音楽」「日本民謡組曲」「ボルサリーノ」。
  • 10月26日 天理教災害救援ひのきしん隊結成5周年記念式典 東左2棟前から本部神殿までパレード、中庭において式典音楽。
  • 11月4〜8日 全日本吹奏楽コンクール 4日、新幹線を利用して横浜へ向かった。到着後すぐにキャバレーで練習。濱市分教会宿泊。
  • 11月5日 神奈川県民ホールで15分間リハーサルをして、あとは昨日と同じく練習した。
  • 11月6日 キャバレーでの練習後、共進中学校の体育館で練習をした。音が響き過ぎて勘がつかめなかった。いよいよ本番である。みんな緊張をかくしきれない様子だった。
  • 11月7日 全日本吹奏楽コンクール 於神奈川県民ホール 朝8時30分、心のなかで「金賞」を誓い、教会を出発して練習場に向かった。しかし、昨日の中学校のコンクール結果から、今日になって突然、一部の演奏方法や楽器の配置を変えなければならなくなってみんな動揺した。本番までの短い時間に必死になって練習した。そして、いよいよ本番。12分間という短い時間、みんな無我夢中に吹いた。タクト一本に全神経を集中させた。最終目標到達のために。しかし、結果は「銅賞」に終わった。敗退の悔しさは残ったが、一生懸命やったと心に言い聞かせながら、8日天理到着後、親神様にご報告した。
  • 11月13日 シンガポール・ティーチャーズバンドとの交歓演奏会 於東右1棟講堂 演奏曲目は「フィガロの結婚」「皇太子のための祝典音楽」、「トランペット吹きの子守唄」合同演奏曲目「吹奏楽のための民謡」「アラビアのローレンス「ウエストサイド物語」。12日には合同練習をなごやかな雰囲気のなかで行った。まさに「音楽は世界の共通語」だった。
  • 12月18日 天理中学校吹奏楽部第1回定期演奏会賛助出演 於天理市民会館 演奏曲目「祝典音楽」「ザ・ブルース」
  • 12月23日 奈良県トップバンドコンサート 於奈良県文化会館 演奏曲目「黒いジャガー」「吹奏楽のための協奏的序曲」「祝典序曲」「皇太子のための祝典音楽」「ザ・ブルース」3年生にとっては、最後の行事であり3年間のクラブ活動も実質的に終止符を打った。
  • 1月22日 予餞会 於本校食堂
  • 2月8日 御所東高等学校演奏会 於御所東高等学校
  • 2月27日 卒業式式典及びパレード

昭和52年度

  • 二代真柱様十年祭記念演奏会

部員確保を目標に努力

今年は昨年のことがあるだけに、「すべての人の心に訴える演奏を!」と「部員の確保」を2大目標とし、努力してきた。

冬から春にかけては、部員の「和」と個人の技術の上達をはかるため、全体のミーティングの機会を多くもったり、基礎からの練習を徹底し、一から始める思いで練習を進めた。

4月には、みんなが部員の確保に努めた。しかし4月の忙しい行事のため、手がまわらなくなり、新入部員は25名を越した時点でのびが止まってしまった。またそのなかで2、3年生は協力し、自分たちの技術の向上とともに、1年生の指導にも努めた。

7月のこどもおぢばがえりひのきしんは、演奏旅行の少ないわれわれにとって、舞台慣れという点でコンクールに通じるものがあった。部員はみんな、1回1回の舞台を真剣に勤めさせて頂いた。

おぢばがえりひのきしんが終わると、関西コンクールに向かっての練習が始まった。出場者だけでなく、その他の部員も目標の下に役目は違うが互いに助け合い、練習が進んだ。また、先生から指導を受けるだけでなく、演奏を録音し、自分たちでも検討し合った。

関西コンクールでは、優勝を手にし、全日本へと駒を進めた。その間、演奏旅行、天高祭、ドリル演奏など、さまざまな行事があった。しかし、これも全日本コンクールにつながる大きな土台となる重要なものであった。その土台に部員はみんな足を踏みそろえ、全日本コンクールに挑んだ結果、金賞を獲得することができた。

  • 3月22日〜4月4日 強化合宿 於北寮 新2、3年生の和と技術の向上を目標とする合宿であった。また、すぐに新入部員も入ってくるということで、練習にも自然と力がこもっていた。
  • 3月29日 選抜高校野球大会応援 於甲子園球場
  • 4月1日 選抜高校野球大会応援 於甲子園球場
  • 4月4日 選抜高校野球大会応援 於甲子園球場 OBの方々をまじえての応援で、技術を学ぶよい機会であった。
  • 4月7日 入学式パレード 雨がぱらついていたが、新入部員確保のためだと、はりきって演奏した。
  • 4月12日 新入生歓迎クラブ発表会 於天理市民会館
  • 4月18日 教祖誕生祭 於中庭 本通り〜真南通りをパレード。
  • 4月19日 青年会総会 於中庭 本通り〜真南通りをパレード。
  • 4月20日 婦人会総会 於中庭 本通り〜真南通りをパレード。例年通りの忙しいこの4月の教内行事も、無事勤めさせて頂いた。
  • 6月5日 奈良県中学校吹奏楽講習会 於本校 練習曲「錨をあげて」
  • 6月12日 奈良県高等学校吹奏楽講習会 於本校 練習曲「旧友」 5日の講習会同様、午前中はパートごとに分かれ、たよりないながらも指導し、午後からはモデルバンドとして演奏した。年々受講生が急激に増すことには驚いた。
  • 6月25日 奈良県学校対象吹奏楽コンクール課題曲研修会 於本校
 
    演奏曲目:全日本吹奏楽コンクール課題曲
  1. A.吹奏楽のためのドリアンラプソディー 桑原洋明作曲
  2. B.吹奏楽のためのバーレスク 大栗裕作曲
  3. C.ディスコキッド 東海林修作曲
  4. D.行進曲「若人の心」 藤田玄播作曲

モデル演奏や練習をすぐ目の前で聴かれて、笑顔を見せてはいたが、みんな緊張は隠せなかったようだ。

  • 7月21日〜8月6日 合宿 於北寮
  • 7月26日〜8月5日 プールサイド行事(鼓笛バンドフェスティバル)ひのきしん
  • 8月2日 アメリカ団参出迎えパレード 於真南通り 今年も忙しい毎日が続いた。しかし、午前中のコンクール練習も順調に進み、プールサイド行事もしっかり勤めさせて頂いた。そして部員の目は、苦しい毎日をやり抜いたという満足感と、次は関西コンクールだという意気込みで光り輝いていた。
  • 8月6日 初代奈良県柔道連盟会長10年祭記念柔道大会開会式 於本校第2体育館
  • 8月15〜27日 強化合宿(寮生のみ、繁藤詰所) いよいよ本格的なコンクールに向かっての練習が始まった。今年は、パート練習よりアンサンブルに重点を置き練習は進められた。
  • 8月26〜27日 関西コンクール 於和歌山県民文化会館 朝8時45分和歌山に向かって出発。昼から海南市民会館で練習。紀陽大教会宿泊。午前中最後の仕上げをやり、12時25分会場に向かった。3時16分演奏開始。多少のミスはあったが、納得のいく演奏ができた。そして10年連続22回目の優勝を遂げることができた。
  • 9月3〜4日 敦賀演奏旅行
  • 9月3日 パレード、及び屋外演奏会 於敦賀駅前 越乃国大教会宿泊
  • 9月4日 演奏会 於敦賀市立南小学校
    【演奏会プログラム】
  1. 祝典序曲 D.ショスタコービッチ作曲
  2. 吹奏楽のためのバーレスク 大栗裕作曲
  3. 二つの交響的断章 V.ネリベル作曲
  4. サウンド・オブ・ミュージック R.ロジャース作曲
  5. 小さな世界 R.B.シェアマン作曲
  6. アラビアのローレンス M.ジャール作曲
  7. ボルサリーノ C.ボリング作曲
  8. ザ・ブルース V.アウケン作曲
  9. ペッパー警部、SOS、渚のシンドバッド他

1年生を入れての初めての演奏旅行で、うまく仕事がはかどらず、心の落ち着きもなくなり、演奏のミスも多かった。

  • 9月17日 全国学校合奏コンクール録音 於教庁4階講堂 曲目「二つの交響的断章」
  • 9月18日 本校第二部体育祭開会式
  • 9月22日 癌征圧奈良県大会 於天理市民会館 普通授業の日で、演奏時間も4時からと早かったためチューニングもあまりできず、耳で音を合わす演奏となった。
  • 9月25日 第30回奈良県総合体育大会 於橿原陸上競技場 入場行進、開会式、ドリル。1、2年生はドリルをするのが初めてで、練習に時間がかかったが、それに相当するだけの成果が得られた。
  • 9月29日 天高祭市民会館の部
  • 9月30日 天高祭市民会館の部 日頃の練習の成果を天高生全員に聴いてもらう年に1度の機会がやってきた。みんな谷口先生の指揮棒にのり、はりきって演奏した。演奏曲目「吹奏楽のためのバーレスク」「二つの交響的断章」「盗むかささぎ」「宇宙戦艦ヤマト」
  • 11月3〜7日 全日本吹奏楽コンクール
  • 11月3日 6日の全日本吹奏楽コンクール出場のため練習終了後、本部参拝をし、20名近いOBの方々に送られて10時36分バスで東京に向かう。車内泊。
  • 11月4日 午前中休息後、立正佼成会青年会館で練習。場所は少し狭かったが、部員の心が一段と強くまとまっていくのが感じられた。立正佼成会団参会館宿泊。
  • 11月5日 今日は中学校のコンクールが開かれ、谷口先生は天中の方に行かれたままであった。コンクール前日に指導が受けられないということは、いささか不安であったが、アンサンブルのみによる練習を行った。立正佼成会団参会館宿泊。
  • 11月6日・7時に起床。8時17分最後の練習開始。12時20分普門館に向かう。緊張が次第に高まってくる。しかし、われわれの目標であった「すべての人々の心に訴える演奏を!」という言葉は、不思議にもその緊張をほぐしてくれた。13時45分演奏開始。指揮棒に45名の心がひとつとなり素晴らしい音楽の世界をつくり、会場の人々の心に伝わっていく。聴衆を夢の世界に運ぶ12分間があっという間に過ぎた。われわれは全力を出し切ったという満足感でいっぱいであった。そしていよいよ審査発表「天理高校、金賞」この放送とともに、目標である聴衆の心に訴える演奏ができたことが証明され、われわれの満足感は最高潮に達した。立正佼成会団参会館宿泊。
  • 11月7日・優勝記念パレード(本通り〜神殿前)祝勝会 天理着17時53分、パレード出発18時。祝勝会終了後親神様にご報告し、楽器などのかたづけをして21時33分解散。
  • 11月16日・天理中学校定期演奏会賛助出演 於天理市民会館 曲目「吹奏楽のためのバーレスク」「コバルトの空」「二つの交響的断章」「盗むかささぎ」「渚のシンドバッド」「がんばれドカベン」「ナイルの守り」
  • 11月26日・二代真柱様十年祭記念演奏会 於天理市民会館 曲目「行進曲おやさと」「吹奏楽のためのバーレスク」「二つの交響的断章」「ジークフリートの葬送行進曲」「盗むかささぎ」「ツェッペリン伯爵行進曲」
  • 12月23日・奈良県トップバンドコンサート 於奈良県文化会館  曲目「二つの交響的断章」「ツァラトゥストラはかく語れり」「おもちゃのマーチ」「森の鍛冶屋」「錨を上げて」他
  • 1月16日・演奏会 於大阪府立青少年会館文化ホール 曲目「二つの交響的断章」「吹奏楽のためのバーレスク」「盗むかささぎ」「マイ・フェア・レディー」「神々の黄昏〜ジークフリートの葬送行進曲」「トランペット吹きの休日」「森の鍛冶屋」「日本民謡組曲」他。3年生にとっては最後の演奏会であった。

昭和53年度

  • 吹奏楽部創立40周年記念演奏会
  • 天中、天高初の全日本ダブル金賞受賞
  • 北陸、東北演奏旅行

大阪フェスティバルホールで40周年演奏会

今年も去年に続いて、全日本コンクールにおいて「金賞」を最終の目標として、週休2日制という短い練習時間のなかで、密度の濃い練習を重ね、3年生を中心に奮闘努力してきた。今年は、昨年の課題であった「部員の確保」という問題に関しては、約70名の部員を確保できたことは、これから新メンバーでスタートする僕たちにとって、大きな支えとなった。

11月、3年生が抜けたあと、新メンバーによるクラブ活動のスタートをきった。部員が1、2年合わせて45名という少ない人数ではあったが、何とかパレードもすることができた。

冬から春にかけては1、2年生による全体ミーティングを幾度ももち、部員の「和」のもとに、クラブ活動を活発にしようと努力し、また、4月から入ってくる新入部員の確保という問題について、いろいろと話し合いをもった。 春の合宿では、必要となる基礎技術の徹底と、個人の技術の上達をはかる上で、まず、音づくりを中心とする練習を行った。

4月からは、新入部員をまじえての本格的活動が始まった。4月の忙しい行事があるなか、2、3年生が協力し、自分たちの技術の向上とともに、1年生を指導していくよう努めた。

7月のこどもおぢばがえりひのきしんと、8月の演奏旅行は、われわれにとって、舞台慣れという点でコンクールに通じるものがあった。部員はみんな一人ひとり、1回1回の舞台を真剣に勤めさせて頂いた。今回の演奏旅行は、われわれにとって初めて経験する長期間の演奏旅行であったが、部員たちがみんな協力しあって無事終わることができた。

演奏旅行が終わると、関西コンクール目指して練習が始まった。レギュラーだけではなく、他の部員も目標の下に、役目は違うが互いに助け合い、練習が進んだ。関西コンクールでは、金賞を手にし、これらのいろいろな経験をもって、全日本コンクールに挑んだ結果、金賞を獲得することができた。

  • 2月27日 卒業式式典及びパレード。3年生の手を借りず、新メンバーによる初の演奏で緊張した。パレードではなんとか様になった。
  • 3月28日〜4月4日 強化合宿 新2、3年生の和と基礎技術の確立や、技術の向上を目標とする合宿であった。新入部員をまじえての4月からの行事の準備期間ということで、練習には力が入っていた。
  • 4月7日 入学式 真南通りをパレード。快晴であり、部員全員が新入部員確保のためでもあり、みんな張りきって演奏した。
  • 4月11日 新入生歓迎クラブ発表会 於天理市民会館 演奏曲目:タンホイザー行進曲、ペッパー警部他。新入生勧誘のため少し緊張した。
  • 4月18日 教祖誕生祭 中庭での式典演奏及び本通りから真南通りをパレード。
  • 4月19日 青年会総会 中庭での式典演奏及び本通りから真南通りをパレード。土持ちひのきしん現場にて立奏演奏。
  • 4月20日 婦人会総会 中庭での式典演奏及び真南通りパレード。黒門前において立奏演奏。今年は長時間にわたる立奏演奏などがあり、大変苦しかった。しかし、例年通り忙しい4月の教内行事も、新入部員の参加を得て、無事勤めさせて頂いた。
  • 4月25日 防犯パレード 於北大路〜本通り〜天理駅前
  • 5月14日 天理高等学校吹奏楽部創立40周年記念演奏会 於大阪フェスティバルホール 記念すべき創立40周年でもあり、吹奏楽部の今日の基礎を確立された故矢野清先生の5年祭にあたり、部員全員でなんとかこの演奏会を成功させようと、短い練習期間のなかで努力した。また、生前矢野先生が念願しておられた大阪における演奏会に、また創立40周年という機にめぐりあったわれわれ現役にとって、先輩諸氏の築き上げた天理吹奏楽を発展させようと改めて決意した。
    【演奏会プログラム】
  1. 式典のための音楽 J.モリセイ作曲
  2. 田園詩「森の鍛冶屋」 T.ミカエリス作曲
  3. 行進曲「シェレンバウムに栄光あれ」 矢野晄道作曲
  • ステージドリル
  1. ナイルの守り アルフォード作曲
  2. 大空 須磨洋朔作曲
  3. よろこび 矢野晄道作曲
  • 天理高校
  1. 交響曲第5番ハ短調作品67 「運命」 ベートーベン作曲
  • 合同演奏(辻井市太郎指揮)
  1. ハンガリア狂詩曲第2番 リスト作曲
  2. フランス組曲 ミヨー作曲
  • 6月4日 奈良県高等学校吹奏楽講習会 於本校 練習曲:インペリアル、レキシントン。
  • 6月11日 奈良県中学校吹奏楽講習会 於本校 練習曲:行進曲ビユボード、行進曲スペアミント。午前中はパートごとに分かれ、午後からモデルバンドとして演奏した。去年にも増して受講生が増えてきたので、講堂を使用した。
  • 6月25日 NHK録画撮り 於奈良県文化会館 演奏曲目:宇宙戦艦ヤマト、UFO(立奏演奏)、レキシントン、ジャズオンパレード3番、(ステージドリル)。テレビに出るとあって、みんな緊張していたが、ミスもなく終えることができた。
  • 7月1日 奈良県学校対象吹奏楽コンクール課題曲研修会 於本校食堂 演奏曲目:本年度全日本吹奏楽コンクール
    課題曲
  1. A.ジュビラーテ R.ジェイガー作曲
  2. B.カント F.マクベス作曲
  3. C.ポップス変奏「かぞえうた」 岩井直溥作曲
  4. D.行進曲「砂丘の曙」 上岡洋一作曲
  • 7月22日〜8月5日 合宿 於北寮
  • 7月26日〜8月4日 プールサイド行事(鼓笛バンドフェスティバル)ひのきしん及びパレード(真南通り) 例年通り今年も忙しい毎日が続いた。午前中のコンクール練習や、6日の朝に出発する演奏旅行の練習があまりはかどらず、休憩の間も個人練習に励んだ。しかし、夜のプールサイド行事はしっかり努めさせて頂いた。
  • 8月6〜15日・夏季演奏旅行
  • 8月7日 大館市民体育館にて演奏会。練習不足のため大きなミスがあった。
  • 8月8日 山形県民会館、米沢市民会館で演奏会と市中パレード。この日は場所の違う2ヵ所の演奏会場で、昼と夜の2回公演であったため大変忙しかった。
  • 8月9日 新潟市体育館で演奏会、及びパレード。この地方の民謡を演奏するなど楽しい日であったが、徐々に部員の顔には疲れがみえてきた。明日は一日休養日である。
  • 8月10日 休養日。
  • 8月11日 十日町市民体育館演奏会と、市中パレード。この十日町は昔からよく来ていたところだが、今回は4年ぶりとあって、みんな張りきっていた。
  • 8月12日 金沢の石川県厚生年金会館で演奏会、市中パレード。会館の音響効果がいいため、少しのミスも許されなかった。
  • 8月13日 富山市公会堂にて演奏会、及び市中パレード。富山女子学生会から手作りの人形をもらい、みんなうれしそうだった。しかし、演奏面で納得のいかないところがかなりあった。
  • 8月14日 武生市民会館にて演奏会、市中パレード。われわれ1、2、3年生全員にとって初めての長期演奏旅行であり、自分たちだけでは分からないところがかなりあったため、谷口先生から演奏面以外の点にもいろいろと注意があり、ご指導下さった。部員も一生懸命動いたが、何分勝手が分からず、会場の方や先生方には大変ご迷惑をおかけした。毎日パレードの後はすぐ2時間ほどの演奏会で、それ以外の時は列車かバスに乗って移動というスケジュールだった。しかし、コンクールへつながる欠かせない旅行であるため、毎日が緊張した1日であった。
    【演奏会プログラム】
  1. 序曲「盗むかささぎ」
  2. バレエ組曲「スパルタクス」
  3. 課題曲 ジュビラーテ ポップス変奏曲「かぞえうた」
  4. 交響曲「X」
  5. マイ・フェア・レディ
  6. 日本民謡組曲
  7. カウボーイソング幻想曲
  8. 宇宙戦艦ヤマトより序曲、誕生
  9. ザ・ブルース
  • 8月27日 関西吹奏楽コンクール 於大阪府立青少年会館文化ホール 前日から全員北寮に泊まり、午前4時50分起床。近畿大学吹奏楽部練習場へと向かった。そこで約2時間ほどのチューニングと合奏を終え、9時半に会場に向けて出発。10時47分演奏開始。多少ミスはあったが、納得のいく演奏ができた。そして、金賞を獲得することができた。
  • 9月3日 奈良県吹奏楽連盟創立20周年記念フェスティバル 於県立橿原体育館式典演奏及び市中パレード。演奏曲目:式典のための音楽、他。フロアー・ドリルでジャズ・オンパレード3番、サウスポー他を演奏。
  • 9月17日 本校第二部体育祭 於西グランド 開会式及び入場行進
  • 9月20日 天高祭 於講堂 演奏曲目:バンドのための序曲、スパルタクス、ルパン3世のテーマ、スターウォーズ他。日頃の練習の成果を天高生に聴いてもらう年に1度の機会がやってきた。谷口先生の指揮棒にのり、張りきって演奏した。
  • 9月22日・NHK全国学校合奏コンクール録音 於教庁4階講堂 曲目:吹奏楽のための序曲 メンデルスゾーン 作曲

兄弟校で初の同時金賞−谷口眞両校を指揮−

  • 10月12日 東京へ全日本吹奏楽コンクール出場のため練習終了後本部参拝をし、数名のOBの方々に送られて、午後10時19分バスで東京に向かう。車内泊。
  • 10月13日 午前中休息後、ヤマハ・マジェスティルームで練習。場所はかなり狭かったが、部員全員がよくまとまってきた。立正佼正会団参会館に宿泊。
  • 10月14日 午前中全林野会館で練習。続いて巣鴨高校の体育館を借りての練習であった。音が響きすぎてなかなか勘がつかめなかった。明日がいよいよ本番だということでみんな緊張してきた様子だった。今日は中学校のコンクールであったため、谷口先生は天中の方に行かれていて、夕方近くまで指導が受けられないことが少し不安であった。しかし、天中が金賞をとったと聞いて、全員の気持ちがまた一段と引き締まった。立正佼正会団参会館に宿泊。
  • 10月15日 全日本吹奏楽コンクール 於東京普門館 6時30分起床。9時15分佼正学園の講堂で最後の練習開始。12時10分普門館に向かう。緊張が次第に高まってきたが、われわれの目標であった「すべての人々の心に音楽の楽しさ、すばらしさを訴える演奏を」という言葉は、何となく全員の緊張をほぐしてくれるようだった。1時35分演奏開始。指揮棒に45名の心が一つとなり、12分間という短い時間のなかで、みんな無我夢中に吹いた。指揮棒1本に全神経を集中させ、最終目標到達のために全力を尽くした。そして、いよいよ審査発表。「金賞」という放送とともに、目標を達成したという満足感が全身に伝わった。団参会館宿泊。課題曲「ジュビラーテ」 自由曲「スパルタクス」
  • 10月16日 金賞受賞記念パレード 午後4時55分天理着。パレード出発午後6時。楽器をかたづけて8時半に解散。
  • 10月21日 シンガポール・ティーチャーズバンドを迎えて演奏会 於東左1棟4階 演奏曲目:吹奏楽のための序曲、スパルタクス、聖者の行進、オールドカウボーイソング。
  • 10月26日 土持ちひのきしん 本部神殿前式典演奏及びパレード(真南通り)。午前中参拝の後、昼から3時間半にわたる神殿前での演奏であった。・天理女子学院演奏会 於本校講堂夜7時から天理女子学院生徒をよんで演奏会を開催。
  • 10月28日 録音 於本校食堂 曲目:おぢばの夏がやってきた今年は、天中、天高と日本全国今までにない姉妹校がそろって金賞を獲得した上、兄弟校にあたる附属高校もマーチングコンテストにおいて金賞を受賞したことは、天理吹奏楽がまた世界の吹奏楽へと一歩前進したことであろう。