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第2篇 「養徳」に見る部の歩み

第5章 熟成期

第11節 全日本吹奏楽コンクール連続優勝

昭和32年度

  • 夏季演奏旅行5県に及ぶ
  • 2年連続全日本コンクール優勝

良い楽器が充実しているわけではない

昭和11年に天理学校音楽部として部員わずか13名で発足した本バンドが幾多の変遷を経て本年度全関西吹奏楽コンクールで7ヵ年連続優勝、全日本吹奏楽コンクールで2ヵ年連続優勝という栄誉を与えられるまでに成長したのは、真柱様はじめ教内外各位がその育成に多大の指導援助を寄せられ、また指揮者の矢野清先生が終始変わらぬ熱意をもって厳格高度の指導を続けてこられた賜である。

「天理が優勝するのは当然だ。良い楽器が充実している」という声を聞く。また本バンドはいつも楽々と優勝しているように思っている人もあると聞く。しかし他の部と同様、本バンドが優勝するまでには非常な努力労苦の過程があったのだ。われわれの楽器は決して上等ではない。最近はどの学校でも楽器整備に意を用い、本校と同じ楽器編成になっている。本校のは昔の船場大教会吹奏楽団の楽器を受継いでいるほどで、古くかなり傷んでゆがみがきている。内部から腐蝕し、さわれば凹んだり穴があいたりするようなものまで使用している。この間東京芸大の先生が本校の楽器を吹いてみて、「こんな楽器を吹いていたら肺病になる」と冗談を言われたほどである。平日の練習時間は他校に比して恵まれていない。二部の授業が始まる5時前に終わらなければならない。われわれ部員が他校部員より優れた音楽的才能技術をもっているわけでもない。本バンドの演奏技術はその規律ある行動とともに一に名指揮者矢野先生の微に入り細に亙る厳格なる指導に負うものである。

夏季演奏旅行はじめ各地での演奏に際し、われわれの演奏に対してのみならず行動態度に対しても常に賞賛を受けているが、われわれは学生バンドとして天理高校生としての誇りをもって行動しているつもりである。また、こうした諸行事への参加はわれわれの演奏技術の向上に少なからず貢献していると思う。そのなかにはかなり苦しいこともあった。その苦しみに堪え、障害を一つ一つ乗り越えてきた。1年間を振りかえってみると多彩な行事がめまぐるしく思い出される。

  • 1月26日 天理教大祭参拝及びパレード公開
  • 1月27日 31年度全日本吹奏楽コンクール優勝 記念発表演奏会 天理教館に於いて吹奏楽界の権威者である諸先生他来賓の方々を招いて行われ、会場は満員であった。
  • 2月17日 本校予餞会
  • 3月1日 本校卒業式 この日は卒業生は交えず、現役だけでの初めての演奏であった。
  • 3月2日 スクールバンド送別会
  • 3月15日 天理大学短期大学卒業式 於天理大学講堂
  • 3月30〜31日 水口大教会へ演奏旅行 2日間にわたり学生対象演奏会及び一般対象演奏会が行われた。
  • 4月14日 教祖様御誕生祭おぢば子供大会 於天理教館
  • 4月18日 教祖様御誕生祭 於中庭 「奉祝歌」を演奏。
  • 4月19日 天理教体育大会 於天理大グランド ファンファーレ以下数曲演奏、午後からはパレード公開。
  • 4月20日 天理教婦人会総会 於中庭 「婦人会々歌」「奉祝歌」等演奏。
  • 4月23日 天理教青年会総会 この日は総会前に8時より天理スクールバンド及び各教会吹奏楽団との合同による百十数名の大行進演奏を天理教館から本部中庭まで行った後総会が始められた。「青年会歌」を最後に幕を閉じた。
  • 4月23日 真柱様御誕生日 雨天のために本部炊事場2階でお祝の宴が開かれた。曲目はジャズ、民謡ばかりであった。
  • 4月24日 天理高校同窓会 於本部炊事場2階 賑やかな曲を演奏。
  • 4月26日 奈良県文化賞授賞式 橿原会館に於いて当バンドも文化に寄与した団体として授賞された。授賞式終了後数曲演奏。
  • 5月9日 神戸天理両高校生交歓会 於本校講堂 修学旅行途次おぢばに立ち寄った神戸高校生数百名を前に数曲演奏、演奏後神戸高校合唱部はお礼として見事なコーラスを聞かせてくれた。なお、その後にパレード公開。
  • 6月30日 全関西吹奏楽祭 於中之島公会堂 全関西の各学校が集まりそれぞれ得意の曲を演奏した。当バンドはムード音楽、「ブルーヴァイオリン」「タンゴボレロ」の2曲を演奏。
  • 7月5日 生徒会主催吹奏楽聴好会 夏休み前の午後のひとときを楽しく演奏した。
  • 7月22日 全国高校野球選手権大会奈良県予選 於橿原球場 マーチ、野球大会の歌等を演奏。
  • 7月26日〜8月6日 こどもおぢば帰りひのきしん 毎日、午前中は学校で英・数・国等の特別講習。午後は3時より本部炊事場2階に於いて演奏。夕づとめ後プールサイドに於いて童謡等を集めて演奏し、忙しいが無邪気な子供を前にして楽しい毎日をおくった。
  • 8月2日 全国高校柔道選手権大会参加者歓迎会 プールサイド行事出席中、急に本部炊事場 2階の会場に赴いて演奏。
  • 8月3日 全国高校柔道選手権大会 天理体育館に於いて入場式に参加。
  • 8月4日 全国高校柔道選手権大会閉会式

演奏旅行は「にをいがけ」

  • 8月7日 夏季演奏旅行に出発 午前10時 学校出発。午後8時 福井駅着。
  • 8月8日 福井公会堂まで市中行進後、昼の部夜の部の2回にわたり演奏。夜2時の汽車 にて福井を出発。
  • 8月9日 午後2時30分新潟県十日町駅着。全市を挙げての大歓迎を受け宿舎北越分教会まで演奏行進。夕方6時より30分間パレード展開。
  • 8月10日 十日町中学体育館に於いて主催者の要請により昼夜4回の演奏会を強行。また演奏終了ごとに校庭にてパレード展開。演奏から開放され11時30分就床。
  • 8月11日 午前8時半多数の見送りをうけて十日町駅出発、午後1時47分長野駅着。ただちに行進演奏、途中善光寺へお詣りして会場市民会館へ。昼夜2回の演奏。またその間にパレード展開。
  • 8月12日 朝8時15分長野駅発。諏訪湖の近く岡谷駅へ昼12時30分に到着。ただちに駅を出発して市中行進にて諏訪大社参拝。その後会場市民会館にて昼夜2回の演奏を行い、その夜は諏訪湖に近い小島屋旅館宿泊。
  • 8月13日 10時20分の列車にて甲府へ向かう。甲府着12時27分、多勢の出迎えの中をパレード及び市中行進をくりひろげた。3時より県民会館大ホールに於いて教材演奏、また夜7時より一般演奏を行った。会場の県民会館は数億を投じて完成したものでその華麗さが印象に残る。ここでもさしもの広い会場が満員であった。
  • 8月14日 朝8時半の電車で甲府を出発。次の演奏地静岡へ向かった。12時15分静岡着。当地には静岡商高という東海地方に於ける吹奏楽の名門があってわれわれの演奏前に歓迎演奏を行ってくれた。満員の聴衆の前で2回のステージを終えた。
  • 8月15日 8時14分の列車にてこの演奏旅行最後の地浜松へ向かった。浜松着10時5分、今年当地に於いて国体が行われるというので、祝国体の旗の下に演奏行進を行い、市庁舎前でパレード及び演奏を行ってこの夏の多忙な演奏旅行を終わり、午後8時29分一同無事に天理に帰着した。

本バンドの演奏旅行は修学旅行や物見遊山とは違い「にをいがけ」という大きな使命を持っている。この点をしっかり自覚して天理高校生としての誇りを傷つけぬよう行動したつもりである。駅に到着すれば休む暇もなく楽器を取り出して行進演奏に移り、会場に着けばただちに演奏会。昼夜数回にわたる演奏会や演奏行進を終わって宿舎に帰り、夜食入浴などを済まして就寝するのは11時、12時になる。翌朝6時頃起床して8時頃の列車に乗り次の演奏地に向かう。実に忙しい日程であり、列車内及び就寝中を除いてほとんど演奏しているといっても過言ではない。唇は腫れあがり、歯が浮く。暑さと疲労と睡眠不足でフラフラになる。睡眠不足は列車内で少しでも補うようにつとめる。薬品箱からはビタミン剤をはじめとし頭痛薬胃腸薬など次々に減ってゆく。それでもわれわれは頑張る。大きな期待を持って会場に集まっている超満員の聴衆を見れば、われわれは疲れたなどとは言っておれない。唇や歯の痛みに堪えて最良の演奏を聞いてもらうためにすべてを忘れて演奏に没入する。そしてあの万雷の拍手を受ける時、われわれの苦労は報いられ全身の力が抜けてゆくような茫然とした幸福感を味わう。

演奏旅行は苦しいが、この苦しみを通り抜けてこそわれわれにとってはこの上ない鍛練となるのだと思う。

コンクール失格寸前

  • 8月21日 日米交歓シンクロナイズドスイミング大会 於天理プール この大会には参加を予定していなかったので、帰省した部員を電報で呼び出すなどしてメンバーを揃えた。
  • 8月26〜27日・天理教夏季体育大会 於天理プール
  • 9月2日 国際地理学会参加者招待パーティー 於本部炊事場2階
  • 9月23日 大阪教区少年少女大会 於大手前会館
  • 10月5日 盲人結成大会 於本部炊事場2階
  • 10月20日 本校体育祭
  • 10月25日 本校芸能祭
  • 11月3日 奈良国際ゴルフ場落成式
  • 11月17日 第7回全関西吹奏楽コンクール 大阪朝日会館に於いて高校の部13校参加、本バンドは連続7年優勝。2位天王寺商高、3位大阪明星高校、4位明石高校、5位東商高。なお、天理中学も中学の部に参加し、初出場ながら21校中第3位の優秀な成績を修めた。
  • 11月20日 部長松吉先生がご病気のため小山先生が部長となる。松吉先生は今後もバンドのお世話をして下さる。
  • 11月23日 天理大学祭
  • 12月6日 全日本吹奏楽コンクールに出発 午後1時半天理駅出発。7日早朝東京着。宿舎東大教会で十分の練習と休養。
  • 12月8日 全日本吹奏楽コンクール いよいよ、年間最大重要な行事。会場の両国国技館(旧国際スタジアム)は満員の盛況。高校の部は北海道代表旭川商高、関東代表大宮工高、東海代表東邦高校、四国代表高知商高、西部代表九州学院、そして全関西代表天理スクールバンド。曲目は全関西吹奏楽コンクールと同じく課題曲「剣と槍」、自由曲「水の精と恐竜」本バンドは5番目の出場。東大教会に待機する部員への連絡の手違いその他で、4番目出場の北海道代表の自由曲が終わりかけているのに部員の乗っているバスが会場に到着せず、会場におられた校長、部長、矢野各先生や先輩の方々がどれだけ心配されたか分からない。バス到着があと2分おくれたら失格となるところであった。バスで会場に到着 したわれわれは心を落ちつける間もあらばこそ、楽器を抱えてバスからステージまで駈け足で直行。息をはずませながらただち に演奏に移った。このような悪条件の演奏にもかかわらず、審査委員長堀内敬三氏からは「素晴らしい演奏、あまり上手でほめようがない」などと過分の賞賛の辞を頂く ほどのできばえであった。出場時間に間に合ったこと、立派な演奏ができたこと、ともに親神様のご守護であるのは勿論、1年間の各地での演奏、とくに演奏旅行での鍛練がこの結果を生んだものと思う。連続2ヵ年全国優勝。これは決して容易な業ではなかったが幸いにも皆様のご期待にそって再び優勝旗をおぢばに持ち帰ることができた。10日午後帰校したわれわれは全校挙げての心からの歓迎に再び優勝の感激を新たにした。

かくして今年も教内の皆様の期待にそえるような成績を修めて無事過ごさせて頂いたことを深く感謝している。われわれは優勝に酔うことなく、更に優秀な成績を神様にお供えさせて頂けるよう一層の努力精進をしよう。本バンドについて芸大山本教授が言われた通り、もうこれからは優勝を争うことよりもひたすら技術の向上に向かって進むべきであろう。しかもわれわれは天理高校生であり、道の青年であるということを忘れずに。


昭和33年度

  • 全日本コンクール3年連続優勝達成
  • 善衞様御成婚行事参加
  • 西脇、福井、富山演奏旅行
真柱様から新しい楽器を頂く

今ここにわが部の歩みを顧みた時、本年が最も意義深い年だと言えよう。昭和13年矢野清先生をお迎えした当時わずか12、3名だった部員の絶えまない努力により今日の基礎が築き上げられ、先輩諸氏の一段々々と積み重ねられた輝かしい歴史と伝統の上に、本年度全関西吹奏楽団体コンクール高等学校の部において8ヵ年の連続優勝を遂げ、全日本吹奏楽団体コンクールに臨み、永年の念願である3ヵ年連続全国制覇の偉業を成し遂げわが国吹奏楽界最高の栄誉が与えられたのであります。

ここまで成長させて頂けましたのも、親神様、教祖のご守護はもとより、真柱様の親心あふれる温かいお心づくし、教内外各位の多大なるご援助、ご鞭撻の賜であり、矢野先生の終始自分を捨てて、部員のために尽くして下さった行きとどいた、しかも厳格高度なるご指導に他ならないのであります。また常に矢野先生の手となり足となり部の発展にお力添え下された先輩のあるのを忘れることはできません。

わが部にとって大変嬉しかったのに、去る10月真柱様より数十もの多くの立派な楽器を頂いたのであります。楽器の整備については各方面からのご援助を受けて鋭意努力を続けてきたのでありますが、なかには相当年月の経つのもあり、老朽化し、いたみかけているのもあったおりのことなので、われわれに新たなる希望と力を与えてくれたのであります。この上欲を申せば毎日の練習時間と場所のほしいことです。二部の授業の始まる5時までの1時間半はいつの間にか過ぎてしまいます。コンクール前ともなれば、これが痛切に感じられ、各方面に協力を求めなくてはなりません。本年はとくに一ヵ所に腰を据えてできる練習場には恵まれなかったのですが、幸い中学校、小学校、教館等のご好意により、各練習場をお与え頂き、また青年会、婦人会、その他の多くの人々からご親切なお世話になり激励下され、安心して練習に精魂を打ち込むことが出来ました。過去の輝かしい業績からよく当バンドはいつも楽々と優勝しているかのように思われがちなのですが、決してそうではありません。優勝までの道は険しく、大変な悪戦苦闘の連続なのです。毎日の練習 ノある者は唇を切り、腫らし、ある者は歯をガタガタに浮かしてしまいます。寒さに思うように指が動かなかったり、下がる音程を上げようと歯をくいしばるのです。しかし喜びを勝ち得た今日すべてがなつかしい思い出となって、脳裡に残されております。

本年も夏季演奏旅行、その他各地へ出張演奏に出かけたのでありますが、その演奏だけでなく、常におぢばの学生であるという自覚と誇りをもって行動するわれわれの態度にも、数多い讃辞を頂戴したのであります。このようにいろいろ行事に参加することにより技術も進み、更にふだん習えないような団体生活における何ものかを同時に会得出来ましたことは嬉しい限りであります。

次に本校1年間の天理スクールバンドの足跡をたどってみることにいたしましょう。

  • 2月7〜11日 善衞様御成婚披露宴 真柱後継者である善衞様の栄えある披露宴に出させて頂き、部員一同心から喜び、御二人方の前途を祝し一生懸命勤めさせて頂いた。
  • 2月15日 本校一部予餞会
  • 2月16日 本校二部予餞会
  • 2月16日 天理スクールバンド送別会
  • 2月23日 善衞様御成婚記念音楽会 天理教館に於いて大阪からも有名な音楽家が多数お見えになり盛大に行われた。わが部卒業生にとってはこの舞台が最後であった。
  • 3月1日 本校卒業式 この日は後を継ぐ1、2年の現役のみで演奏した最初の日である。今さらながら巣立って行かれる3年生がなつかしく思われた。(現役34名)
  • 3月15日 天理大学、同短期大学卒業式 於天大講堂
  • 4月18日 教祖御誕生祭 於中庭 「奉祝歌」演奏、新入部員も含めて天理中学校吹奏楽部と合同演奏。
  • 4月19日 天理教体育大会(第10回) 於天大グランド 天高天中合同演奏、パレード公開。
  • 4月19日 日印友好のつどい 於奈良市庁別館 同日午後6時より演奏。異国情緒豊かなインド古典舞踊に魅せられた。
  • 4月20日 第40回天理教婦人会総会 於中庭
  • 4月21日 第34回天理教青年会総会 青年会吹奏楽団との合同演奏。途中雨が降ったが最後まで演奏。「青年会歌」等。
  • 4月21日 青年会長様御成婚祝賀式 於中庭 雨の中であったが全体が喜びに満ちていた。シグマファンファーレにより開式(1時)
  • 4月23日 真柱様御誕生日 雨天のため本部炊事場2階で祝賀宴開かれる。曲目は「春の海、大阪高校全寮歌、慶大応援歌、有楽町で逢いましょう」他ジャズ、民謡等。
  • 4月27日 天理高校同窓会 於炊事場
  • 5月3日 京都、北陸方面演奏旅行 9時25分丹波市駅発、11時30分河原町大教会着、夕方大教会を出発し円山音楽堂まで演奏行進、第106 回土曜コンサート市民憲章の夕べに京都合唱連盟、京都市交響楽団、同志社大学グリークラブと共に出演することになっていたが、雨天のためにコンサートは中止、当バンドだけ舞台で立って特別演奏を行う。曲目「メドレーマーチ、インディアナ州行進曲」。夜大教会神殿に於いて演奏を行う。
  • 5月4日 舞鶴 10時35分東舞鶴駅到着、バスで中舞鶴へ向かって市中行進、その後再び東舞鶴へもどって行進、市民の大変な歓迎を受けあらゆる角度からわらわれをとらえようとするカメラの数には驚かされた。山海分教会で昼食後、昼夜、2回演奏会を開催、バスで山陰大教会(西舞鶴)へ向かう。12時40分消灯。
  • 5月5日 市中行進。パレードを公開後芦鶴分教会着、西舞鶴会館において、2時間余りの演奏会。これで全予定をおえ5時2分西舞鶴を出発、10時20分無事帰校し、本年初の演奏旅行も終了となる。参加人員60名。
  • 5月18日 奈良県民体育大会 於橿原
  • 5月20日 国際オリンピック委員歓迎 於炊事場 I・O・Cを描いてお迎えし、《ワンダフル!》。
  • 6月2日 芝原笑子さん歓迎会 アジア大会で金メダルを獲得した彼女、恥ずかしそうだったが、嬉しさはかくせないようだった。
  • 6月15日 第5回全関西吹奏楽祭 10時40分大阪奈良兵庫京都の各地区代表のバンドが次々と市中行進を開始、市役所へ向かう当バンドはしんがりを受けもち堂々の行進を行う。12時より円山音楽堂にて吹奏楽祭を開催。名にふさわしくなごやかなうちにプログラムは進行しわれわれはバウルス作曲「マキシンクッキー」とスマルニカ編曲「幻想曲エロイカ」(ベートーベン交響曲第3番のテーマに基づく)を演奏し好評を博した。なお最後に部員全員で舞台清掃かたづけを行う。
  • 6月25日 東京芸術大学附属音楽高等学校演奏会 昼夜2回、当バンドは賛助出演を行う。
  • 7月20日 西脇方面演奏旅行 早朝6時50分バスにて出発。12時大乗青年会等の多数の出迎えのなか、ただちに市中行進に移り、西脇中学校講堂にて昼夜2回演奏会、その間運動場にてパレードを公開、宿舎は禅寺の観音寺、12時10分就床。
  • 7月21日 朝和和尚様のお話を聞き、のち学生対象の演奏会、パレードを行う。1時半から接待の人々対象のお礼の演奏会を行い名残りおしまれながら帰途につき、9時30分帰校する。
  • 7月23日 全国高校野球選手権大会奈良県予選 於奈良市営球場 「野球大会の歌」「野球大会行進曲」マーチ等を演奏。
  • 7月26日〜8月5日 こどもおぢばがえりひのきしん この間午前中は学校で国、英、数の特別講習、午後は練習のあと4時から教館において演奏。
  • 8月6日・高校野球前夜祭 於甲子園 外野の特設ステージで「ベートーベンの想い出」を演奏後ただちにパレードを開始、高校野球にちなんで「日の丸」「ボール」「F字の大会マーク」等と次々に描き、白一色の服装がライトに映え観衆の目を楽しませた。(現役45名)
  • 8月7日 高校野球入場式予行 全関西吹奏楽連盟加入団体の代表者百数十名の合同による入場行進練習、当バンドは現役20名参加。
  • 8月8日 第40回全国高校野球選手権大会入場式 「君が代」「かくて勇士は帰りぬ」「スポーツ行進曲」「野球大会の歌」等演奏。
  • 8月9〜13日 福井、富山演奏旅行 午後3時20分おぢばを後にする。12時2分敦賀駅着、バスにて越乃國大教会に向かう。 午前1時就寝。
  • 8月10日 午前10時40分市中行進に出発、途中気比神社前でパレード公開後、昼夜二回気比中学校講堂にて演奏、12時就寝。
  • 8月11日 5時起床、富山へ出発、1時着、ただちに市中行進。富山市公会堂にて昼の部演奏、第二部が始まって間もなく停電となり、演奏途中で部隊は真暗、一時中止となる。終了後パレード展開、続いて夕食後に夜の部に入る。8時45分プログラム終了となったが、アンコールの声、拍手なりやまず、数曲応えて演奏、10時30分汽車に乗り込み次の演奏地武生へ出発。
  • 8月12日 午前2時5分武生駅着、現役は武生分教会へ、先生、先輩はそれぞれ別の教会。食事、風呂の後4時15分就床11時起床する。12時20分市中行進に出発、市役所でパレードを行う。東小学校にて昼夜二回演奏。この間校庭にてパレード展開。11時30分入浴。
  • 8月13日 夏季演奏旅行も終わりに近づき、本日は敦賀の浜で海水浴をさせてもらう予定になっていたが、朝からひどい雨降り。8時15分武生駅出発、9時30分敦賀到着、バスにて松原公園海水浴場へ、天候も次第によくなり曇り時々小雨がぱらついた。今までの疲れもフッ飛ばし楽しいひとときを過ごした。2時20分浜にていろいろお世話下さった越乃國大教会の方々へのお礼の演奏を行う。主に「おこさルンバ」等の軽い曲を演奏。4時10分五色のテープに送られて敦賀をあとにして帰途につく。午後10時30分本年度夏期演奏旅行日程を無事終了し天高にもどる。

苦しみを乗り越え、喜びを見出す

われわれの演奏旅行は単なる旅行ではない。もちろん旅行によって団体訓練を受け、技術の向上とあらゆることに耐えられる不屈の精神を養うことが目的であるが、それだけではなく演奏を通じて行動を通じて、にをいがけをさせて頂くところに大きな使命がある。われわれはこのことに誇りと喜びを感じ、天理高校生としてはずかしくないよう常に努力しつづけてきた。行く先々で大勢の方々がハッピで出迎えてくださることはわれわれに自身と勇気とを与えてくれる。ジリジリと焼けつくような真夏の太陽の下での演奏行進、吹き出る汗は上着までもビッショリぬらす。「汗水流して」という表現があるが、まさにその通り口に流れ込む汗もけっして塩からくは感じない。疲労と睡眠不足は時には手足を自由にさせない。しかし、熱狂的に歓迎して下さるその地の人々の姿に接しては、そのようにみにくい姿を見て頂くわけにはいかない。また、唇を切り、腫れ上がらせ、歯をうかしていても、いつ止むともしれない万雷の拍手、アンコールに次ぐアンコールの嵐には「疲れた」だの「痛い」などと言ってすまされるものではなく、心からそれに応えられるよう全力を尽くすのである。われわれはこの中に喜びと満足を見出し、気持ちがほぐされるのである。苦しみを乗り越え、喜びを見出せるわれわれは幸福である。この演奏旅行によって鍛えられた精神は尊く堅い。

  • 8月19日 全国高校野球選手権大会閉会式 (20名参加)
  • 8月24日 日豪親善水泳大会 於天理プール われわれの演奏に選手たちも本当に嬉しそうで、なかには一緒に合わせて歌っている人もいた。9時30分真柱邸で全バンド部員スキヤキをご馳走になる。
  • 8月25日 第3回日本泳法大会 雨のために大会は中止となったが観客のために民謡等を演奏する。
  • 8月26、27日 第10回天理教体育大会夏期大会  於天理プール
  • 9月6日 第9回国際宗教学会議 当地で開催中の宗教学会議に出席の人々のスキヤキパーティー。炊事場で演奏。世界各国の宗教学界の権威者が、プレゼントされた天理教のハッピを着てニコニコ嬉しそうにしているのは大変微笑ましく思われた。
  • 9月7日 第2回天理市民ソフトボール大会 於本校東グラウンド
  • 9月22日 第11回西日本学生陸上協議対抗選手権大会 於橿原競技場
  • 9月28日 天理教大阪教区少年少女大会 於大手前会館 9時から、昨年雨のため行われなかった市中行進を大阪教区鼓笛隊と一緒に下寺町を出発点として40分間行う。
  • 10月4日 本校生徒会主催吹奏楽聴好会 現役のみでベートーベン作曲交響曲第5番「運命」を全楽章演奏でき、大変嬉しかった。
  • 10月6日 奈良県高校総合体育大会 於橿原
  • 10月12日 全国高校優勝弁論大会 於教館
  • 10月20日 本校体育祭
  • 10月25日 本校芸能祭
  • 10月27日 天理教千年会芸術祭 於教館 4時10分舞台に登る。「運命」「前衛隊」「鐘楼よりの展望」を演奏、続いて天中吹奏楽部員及び先輩をまじえ、90余名による天理シンフォニックバンド大演奏が始まる。「先頭指揮官」(岩橋氏指揮)、「エボン河」(森田氏指揮)、「エロイカ」「青年会歌」(矢野先生指揮)。なおこの日12時45分、天大グラウンドにおける綜合体育大会入場行進練習に参加する。
  • 10月28日 天高天中開校記念祝賀式、続いて炊事場にて祝賀宴 真柱様より部員一同にお言葉を頂いた。その要旨は「諸君に一つだけいい聞かせたいことがある。それは調和ということだ。調和とは一般的にいう団結であり、また一手一つの心であり、心のハーモニーでもある。ただ吹いたり、たたいたりするだけが音楽ではなく、一つの音楽というものを通じて、喜びをもってやるところに心のハーモニーがそれぞれ音楽として表現されるのである。君たちの本分はもちろん学業であるが、学校では教えてくれないことを現在音楽というものから習得しているのだから何事においても喜んでやるように」とわれわれは親心あふれるお言葉に深く感動し、新たなる希望を胸におさめ、一層団結を固めた。
  • 10月30日 開校記念綜合体育大会 於天大グラウンド

「鐘楼よりの展望」で3年連続優勝達成

  • 11月16日 第8回全関西吹奏楽団体コンクール  於大阪四天王寺会館 高校の部12校が参加。課題曲はヒューム作曲行進曲「前衛隊」、自由曲カール・フランカイザー作曲序曲「鐘楼よりの展望・・カンサス市の郊外にて」を演奏し、全審査員の第1位推薦を受け8連勝を遂げる。2位天王寺商高、3位明石高校、なお天中吹奏楽部は課題曲「先頭指揮官」自由曲「エロイカ」を演奏、見事第2位に入賞し来年が期待される。
  • 11月22日 天理大学祭
  • 11月30日 全国大会へ元気に出発 11時47分愛知教務支庁に到着。
  • 12月1日 全日本吹奏楽団体コンクール 於名古屋市鶴舞公会堂 6時起床、雨が降っていたが、部員の心は晴れておりお互いにベストを尽くそうと励まし合う。練習のあと開会式のために会場へ向かい優勝旗返還、再び教務支庁へもどり最後の音の調整を行う。1時18分高校の部のしんがりをうけて、何もかも忘れて舞台に登る。夢中に過ぎた12分間。終わったあとも緊張と興奮の色がありありと部員の顔にうかがえた。「第1位全関西代表、天理スクールバンド」ドッと挙がる歓声と拍手の中に代表8名が表彰を受ける。結果関西以上の出来だと評され、音楽評論家野呂信次郎氏からは「最もレベルの高かったのは高校の部で、中でも天理スクールバンドは技術的にも、音楽的にも超弩級だ」と身にあまる賛辞を頂いた。この後NHK名古屋放送局へ向かい、録音を行う。(この放送は12月8日に行われた)
  • 12月2日 9時30分よりお世話になった方々へのお礼の演奏を行う。その後エンゼルパークへ向かい、そこから優勝旗を先頭に市中行進を行う。屋上から何本ものテープが投げられる場面もあり、12時朝日新聞社へお礼に行き、名古屋駅へ向かう。1時35分準急「かすが2号」にて帰途、4時17分丹波市着。ただちに演奏行進を行い、神殿前にて生徒会主催の歓迎式にのぞむ。善衞様に優勝のご報告を申し上げた後、お礼のあいさつ回りを行う。

かくして本年も期待通り勤めさせて頂き、3度優勝旗をおぢばへ持ち帰れ、喜 ムに堪えません。われわれは天才でもなければ、特別すぐれた技術を持っているわけでもありません。矢野先生や先輩を中心に、常に手をとりながら部員が一つになった結果がこの輝かしい結果をもたらしたのだと思います。われわれは常にこの気持ちを忘れずになお一層協力し、天理青年として立派に育っていきたい。


昭和34年度

  • 皇太子殿下御成婚行事参加
  • 夏の甲子園応援に初登場
  • 初の冬季演奏旅行

春の選抜野球、夏の甲子園と応援

幾多先輩の並々ならぬ努力によって築かれた伝統は、よく全関西コンクールに8ヵ年連続、また全国コンクールに3年連続優勝という輝かしい偉業を樹立した。このあとをうけついだ本年度は誠に大事な年となった。日本吹奏楽連盟規約の定めるところ、こうした成果は、1ヵ年コンクールでは審査対象外ということとなった。このときこそコンクールへの目標を除外してそれ以上の向上をと志した。果たして新年度のスタートはどうであったか。3月1日苦しみも楽しみもともにした3年生21名は先輩として巣立った。がこのあと4月20数名の新進1年生を迎えて50名を越える今まで以上の編成ができた。

部長 永田先生、副部長 森岡先生。指導、作編曲、指揮 矢野先生。副指揮並びにドラムメイジャーとして本年度卒業の宮地正忠先輩が、新しく学校職員として籍をおき、これに従来通り先輩の矢野晄道、岩橋慶三両氏がそれぞれ作編曲、副指揮並びにインスペクターを担当して、村本キャプテン、滝本、広瀬副キャプテンという陣容がすべて整った。なお今日まで部長としてご苦労下さった小山先生は学校での担当職務の関係上、顧問として全関西吹奏楽連盟理事、また、奈良県吹奏楽連盟(夏より結成出発)理事としてたくさんの先輩とともに協力して下さることとなった。

私たちの目標は今までと同様、全関西また全日本コンクールに出演して優勝することである。それが前記のように本年は招待演奏の形となって審査対象外という別格扱いはうれしくもあるが、また心外でもある。しかし、この年にこそ飛躍すべきと、対外演奏もできるかぎり控えることとして、実質的の向上充実を志して練習を重ねてきた。 この間、部員の精進もさることながら先輩の励ましと応援はもちろん先生方の指導、各方面の援助はお礼の申しようもない。ここに感謝申し上げるとともに、更に今後のご声援を祈りつつ日誌の頁を繰ってみたい。

  • 3月1日 卒業式 1、2年生の部員で式典演奏。
  • 3月15日 天理大学卒業式で演奏 於天理大学講堂
  • 3月29日 鼓笛講習会に公開練習 於おやさとやかた
  • 3月30日 ワグネルソサイエティ女子合唱団演奏会に賛助出演 於天理教館
  • 4月1、4日 選抜高校野球大会応援 春は選抜野球からの言葉通り、3回目の野球部甲子園出場、応援に参加
  • 4月10日 皇太子殿下御成婚祝賀行事 於大阪 スーザホン10本を加えての60名からなる堂々たる大祝賀行進は他を圧してのなかなかの好評であった。
  • 4月18日 教祖御誕生祭 中庭で「奉祝歌」を演奏、またこの日は皇太子ご夫妻来和につき奈良駅前広場に迎える。
  • 4月19日 天理教体育大会春季大会(第11回)於天理大学グラウンド パレードも行う。
  • 4月20日 天理教婦人会総会
  • 4月21日 天理教青年会総会
  • 4月23日 真柱様御誕生日 本部炊事場二階祝賀宴にて演奏。
  • 5月24日 第11回奈良県民体育大会 於橿原競技場 終わって天高東運動場に引き返して奈良県ボーイスカウト大会に演奏。
  • 6月14日 第6回全関西吹奏楽祭  於大阪朝日会館 「超越への霊感」他1曲演奏。50名の部員にOBまた天中部員を加えて百名の出演、これほどの人数は吹奏楽はじめてのもの、これが一糸乱れずまとまった見事な演奏は何より大きな収穫であった。
  • 7月25日〜8月5日 こどもおぢばがえり行事ひのきしん 寮生はおやさとやかたに合宿方をお願いして全部員午前中2時間ずつ学校で勉学のあと練習、午後4時まで教館行事に演奏、夕食後は例年待望のプールサイド行事に出演。スタンドを埋める数千の全国から帰った子供を中心とするつどいに涼味と音楽を満喫してもらう。こうして休み中とはいえ連日連夜の努力はなかなかのものであるが、この行事がどれほどよい訓練になることか。これによって毎年のことながら一段と技量にもみがきがかかることを認めざるを得ない。幸いにして途中で脱落する者もなく、これで今年も大丈夫という自信がわいてくる。
  • 7月25日 明治大学、天理大学柔道交歓試合 於天大体育館
  • 7月27日 来日中の米国水泳チーム、日本選手とともに本部に参拝、天理プールで模範泳法を示す。このあと本部炊事場二階でパーティ。この間演奏して旅情をなぐさめて大いに喜ばれる。
  • 7月28日 一れつ会行事の管外扶育生のおぢば修養会にて演奏 於教館
  • 7月31日 野球部紀和大会優勝パレード 野球全国大会紀和予選決勝戦に本校チーム優勝、夏の甲子園大会初出場が決定。おりからのおぢばがえりの行事に参加中のため行けなかった応援の代わりにもと、輝かしい大優勝旗を手にして帰校のナインを天理駅頭に数千の天理市民ファンとともに迎え、喜びの本部までの市中行進の先頭に立つ。
  • 8月8〜16日 全国高等学校野球選手権大会 於甲子園球場 5日までの行事終了後、甲子園出場の野球部応援にそなえて、やかた宿泊の部員はそのまま天理ナインの試合毎にアルプススタンドに出場した。
  • 8月8日 対 帯広三条高校戦
  • 8月14日 対 高鍋高校戦
  • 8月16日 対 八尾高校戦 八尾高校との対戦で惜しくも敗退したため甲子園行は中止となったが、ラジオを通して全国に流されたわが部の応援演奏は幾多の話題の中心となって、その名声を野球とともに更にあまねく知られるところとなった。
  • 8月17日 作曲家古賀政男氏来校 とくに希望により本校講堂で演奏を聞いてもらい、種々の讃辞と助言を得た。
  • 8月26、27日・天理教体育大会夏季水泳大会 於天理プール 両日とも演奏。
  • 9月12日 宝塚歌劇音楽学校生徒来校 宝塚歌劇音楽学校生徒60名、本部参拝の途次、本校吹奏楽演奏を聴きに来校、演奏後交歓の意味から同校生徒の合唱と独唱を聴く。
  • 9月12日 校内水泳大会 於天理プール 生徒会主催で天理プールで開催、これに声援してスタンドで演奏。
  • 10月4日 奈良国際ゴルフ場開設記念祝賀会 於奈良国際ゴルフ場 祝賀会で演奏、真柱様から激励のお言葉を頂く。
  • 10月11日 奈良県高校綜合体育大会 於橿原陸上競技場 開会式に参加演奏。
  • 10月17日 本校体育大会 パレードを公開する。
  • 10月25日 本校芸能祭
  • 11月1日 日本銀行大阪支店運動会 於宝塚郊外グラウンド 招待されてパレードと演奏を行う。

四国演奏旅行は甲子園優勝校からの招待

  • 11月2〜4日 四国演奏旅行 本年はじめてというべき演奏旅行である。西条高等学校は今夏甲子園での全国高校野球選手権大会での優勝校。かねてからこれを記念して、本校を招いての演奏会を開きたいと教会を通してたびたび熱望を聞いていた。ようやく準備なってOB数名を加えた50名編成、2日夕刻出発。
  • 学校−(バス)−天保山−(船)−高松(3日早朝着)−(汽車)−西条市、8時過ぎ多数の方々の出迎えを受けて駅頭に到着の挨拶をかねたパレード展開。教会に休憩、おりから降雨のため屋外会場の予定を変更して西条高校講堂とし、小雨となったを幸い市中目抜き通りを演奏行進して西条高校に向かった。先導されて校門を入ると校庭へ、ここではおりしも小雨の中、定時制高校の運動会が進行中であった。この真只中に導かれると、競技は一時中止、ただちにパレードとなって喝采を博した。演奏会は午前少年向き1回。午後高校一般対象2回。これも5時過ぎに終了して、7時の汽車に乗ることが予定されている忙しさ、でも気持ちよく演奏できた。毎回とも窓外からも聴き入る人のあるほどの聴衆、来た甲斐があった。教会の方々、学校、市の皆々のご厚情はうれしかった。終わって教会に帰り夕食をいただく。またまた激しくなった雨のなか駅へ、山と積む楽器の荷物、ともかく汽車に乗った。
  • 西条−(汽車)−高松−(連絡船)−宇野−(汽車)−大阪 (4日早朝)−(バス)−学校。かくして4日は学校。思うだにあわただしい旅であった。でもみんなよくやった。往路船中での行動、往復車中でのあれだけの荷物を間違いなく処理しつつ事故もなく終始し、乗務員からも丁重な感謝の辞を送られた。

招待演奏は出場辞退

  • 11月8日 全関西コンクール 於大阪朝日会館
  • 11月14日 校内球技大会 開会式に入場行進演奏。
  • 11月15日 全日本コンクール 於八幡市民会館 昨年で全日本高校の部に3年連続優勝の結果、連盟規約によって本年は審査対象外の名誉を与えられ、特別演奏(全関西)、また招待演奏(全日本)の資格に列したが、辞退して代表者が出席してそれぞれ表彰をうけた。(全関西コンクールは全員聴きに行く)全関西では表彰状とともにトロフィー、また8年間手にした優勝旗をそのまま永久にいただくこととなった。八幡での大会には部長、矢野先生、村本、滝本、広瀬の代表3君、また、岩橋、宮地両先輩が出席、表彰状とレプリカを持ちかえった。
  • 12月1日 奈良県吹奏楽連盟結成記念演奏会 於菖蒲池円形大劇場 県下に吹奏楽部をもつ中学、高校は相当数あるが、これが従来連盟へと叫ばれつつなかなかまとまらなかった。しかし、機熟したともいうべきか連盟結成へとすすみ、その記念すべき演奏会をもつまでになった。これで県としても大いに躍進してほしいものである。出演 中学 12校 高校 6校 本校はその最後に演奏をしたのであるが、ここに特筆したいのは、新しい試みとして今まで屋外でしか行わなかったパレードをステージパレードとして初めて公開したことであろう。ここのステージはかなり広い。屋外での人員をそのまま試みた。五彩の照明下、充分発展できるものとして着眼の矢野先生に敬意を表したい。照明の工夫では更に効果的になろう。
  • 12月19〜24日 南紀方面演奏旅行 学期末また年末も追々迫るあわただしさのなか、思わずも南紀方面演奏旅行招待のご好意に接した。学期末試験をひかえて練習も止めたものの、この南紀行は楽しいものとなった。19日試験終了後、その夜出発という忙しさ、しばらく止めた練習のあととて、続く演奏に唇はいたむ、苦しさを感ずるというものの、行く先々で心からお世話下さる教会の方々の親切、他では得られないありがたいものであった。私たちも一生懸命で吹いた。喜んで下さった。ことにこの旅行演奏行進時の楽譜カバンが全部揃ったことが何よりうれしかった。これをつけることによって自身も一段と引き立つバンドという感がした。いたるところ超満員、この熱心な方々、疲れも何も吹き飛ばして演奏し、どことも大成功であった。以下この演奏旅行の日程を記してみよう。
  • 12月19日 午後6時半学校発バスで奈良着。汽車で奈良から天王寺経由新宮着20日早朝。
  • 12月20日 新宮で演奏会。市中行進、昼間教材演奏、夜一般演奏。南海大教会宿泊。
  • 12月21日 バスで新宮発、途中阿多和中学校でパレード、三重県紀尾分教会着、前日同様御浜町で演奏。
  • 12月22日 バスで教会出発、熊野市南紀大教会着、市中行進、教材演奏、木本高校訪問交歓、夜一般演奏、南紀大教会宿泊。
  • 12月23日 早朝熊野市発汽車で田辺市に向かう。11時過ぎ着。中紀大教会で休憩、昼食後市中行進教材演奏2回、夜間一般演奏、終了後大教会長様のご厚情により一同白浜温泉みゆき荘に宿泊。入浴と充分の睡眠。ここで今までの疲れを豊富な湯で洗い流した。
  • 12月24日 朝ゆっくり起床。前夜急にここの中学校等に演奏を行うことに決まり、11時宿舎を出発会場まで市中行進して、会館で2時間近く演奏、万雷の拍手を浴びた。ここでこの演奏旅行の日程を終了。バスで白浜口へ、汽車で帰路についた。途中田辺駅頭では中紀大教会の子供たちの鼓笛隊の演奏裡に五色のテープや、数々のおみやげとともに見送られた。天王寺奈良を経て、夜10時学校に到着してこの思い出ともなるべき本年の演奏旅行の幕を閉じた。どことも予想以上の盛況であったことは、主催して頂いた教育委員会、新聞社、また教会等のお力添えによることもちろんながら、スクールバンドの認識を高めて頂けたものとうれしい限りであった。このあと12月29日付の「南紀新報」が送られてきた。紙上灯加奈氏による「天理スクールバンドをきく短歌10首」が載せられてある。ここに再録することをお許し願って感謝の意を表したい。

  身のこなし曲の心をそのままに 
      熱こめて振る指揮棒冴え
  若人らゆたけき中に一すじの
      きびしさとおりたのもしく見し
  嵐やみてしづけき夕思わする
      曲和みたる調に入りぬ
  たぎりきて上りつめたる音のあと
      落し止めたるわざの見事さ
  うらわかき人あつまりてかなで出づる
      調にこもる熱に押されいる
  珍らしき楽器並べて吾らにも
      なじみの深き民謡となる
  アンコールすぎてつづけば少年らの
      疲れおもいてあわれをおもう
  手のさばきかくも速やかにあざやかに
      踊ると見ゆれドラムの上に
  あざやかに叩きおへたるドラム止み
      拍手の音の鳴り止まぬなり
  会はてて外に出づれば頬に寄する
      師走の夜風泌みとおるなり

  • 12月25日・橿原文庫友の会で演奏 於橿原会館 昼食の前後ともに千余名の小中学生にぎやかに聴き入った。午前午後の入れかわる合間を幸いに陸上競技場でパレードを展開。この日を本年最後の演奏として帰校後それぞれ冬休みの地に帰った。

昭和35年度

  • 「フランス組曲」で4度目の日本一
  • 長島愛生園、光明園慰問
  • シンフォニックバンド定期演奏会始まる

150名の大編成でシンフォニックバンド

昭和11年、部員5名から発足、13年、矢野清先生をお迎えし、わずかな部員たちの努力により今日の基礎が築き上げられ、以来20数年、矢野先生の、常に部のため、部員のためにお心づくし下さった厳格な、しかも慈愛あふるるご指導と、幾多の先輩の並々ならぬ努力によって積み重ねられた歴史と伝統は、一昨年まで全関西吹奏楽コンクールに8ヵ年連続優勝、全日本吹奏楽コンクールには3ヵ年連続優勝という偉業を樹立。そして昨年度は、吹奏楽連盟規約の定めるところにより、審査の対象外として特別演奏の資格を与えられ表彰されるなど、誠に輝かしい栄誉あるものであった。このあとを受けついだ本年度はさらに全関西では9度目の優勝、全日本においては4度目の全国制覇を成し遂げ、審査員をして、出場する毎に優勝すると驚嘆せしめるとともにわが部の歴史に輝かしい1ページを加えたのである。

今、全国制覇までの道をふりかえってみると、苦しかったことも楽しかったことも、すべてが懐かしい思い出となって脳裏に残されている。 2月27日、10数名の卒業生が先輩として巣立っていくと、技術の弱体化を痛感しながらも、部員一同コンクールを目標に新たな希望にもえ、昨年以上のレベルにと出発したのである。 4月になって30名余りの1年生を迎えると60名をこえる大編成ができ上がった。 部長、永田先生、副部長、森岡先生。指導、作編曲、指揮、矢野先生。副指揮並びにドラムメイジャー、宮地正忠先輩。作編曲、矢野晄道先輩。昨年度に変わりないが、昭和31年度より昨年まで副指揮並びにドラムメイジャー、インスペクターを担当されいろいろとわが部のためにご苦労お力添え下さった岩橋慶三先輩がその任をひかれ、大教会の方にお帰りになった。

わが部にとって嬉しかったのは、コンクール体制に入る2学期より天理教館を練習場としてお与え頂いたことである。周囲の方たちのご理解と親切なお世話激励のもとに安心して練習に精魂を打ち込むことができたのは、大いに感謝に堪えない。 しかし、優勝までには幾多の困難がまちかまえていた。まずコンクールの練習にはい チて痛切に感じたのは、昨年度審査の対象外の資格を受けコンクールに出場していないため、経験者が少ないということであった。メンバー40名のうち、コンクールの経験者はわずか5名。しかも、一昨年の1年生の時でありますからほとんど皆無といってよいくらいであった。これが練習の上に大きな影響を及ぼし、かんじんの全関西の舞台においてもみんなあがってしまって、練習通りの演奏をすることができなかったのである。

過去の輝かしい業績から、簡単に優勝できるんだといったような安易な考え方が部員の心のどこかに宿り、一生懸命練習に打ち込んでいるつもりでも、そうした精神的なたるみをなかなか取り去ることができず、矢野先生はじめ、先輩諸氏に一方ならぬご苦労をかけてしまったような次第である。 また、数名の主力メンバーが身上その他で退部のやむなきにいたったため、3年生の数も少なく、昨年度行事に追われたため基礎練習ができていないうえに、全国的に吹奏楽のレベル向上のため、優勝するためには曲もそれ相当の曲を選ばなければならず、自由曲の難解であったこともその一因であった。 フランス人ダリュウス・ミヨー作曲の自由曲「フランス組曲」は近代音楽として特異なハーモニーをもち、普通のバンドの楽譜ではあまり用いていない音が重要視され、そのうえ短い経過句で激しく強調されているため、低音部、金管などでは、正確な音程を出すのに難しく、演奏上相当の技術を要し、アマチュアバンドとしては高級な難しい作品だった。

しかし、矢野先生の指導のもとに、また、本年度全関西コンクールの審査員をしておられた荒巻先輩の教えをも仰ぎ、部員一同連日の猛練習に、ある者は唇を切り、ある者は歯をグラグラに浮かしてしまいながらも種々の困難を克服、見事喜びを勝ち得ることができたのである。 これも親神様、教祖のご守護はもとより、教内外各位の深いご理解とご支援、ご鞭撻、校長先生、永田部長先生をはじめ諸先生の心からなるご援助、ご指導、そして何にもまして矢野先生の常に変わらぬ筆舌には尽くすことのできないご指導に他ならないのである。また、常にわれわれ部員のためにお骨折り下さり、部の発展のためにお力添え下さった先輩諸氏にはお礼の申しようもないところである。 ここに今後のご指導、ご支援を心からお願い申し上げながら、本年の天理スクールバンドの足跡をたどってみることにした。

  • 4月10日 渋川分教会落成及び65周年記念 於大阪
  • 4月18日 教祖御誕生祭 於中庭 「奉祝歌」演奏。
  • 4月19日 第12回天理教春季体育大会 於天大グランド パレードを公開。
  • 4月20日 天理教婦人会総会 於中庭
  • 4月23日 真柱様御誕生日 本部炊事場二階祝賀宴にて演奏。
  • 4月24日 天理シンフォニックバンド演奏会 於天理教館 これは天理スクールバンドOBをもって組織される楽朋会の長年の懸案であり、夢であったもので、天高、天中両吹奏楽部員で構成する天理シンフォニックバンドが画期的な試みとして演奏したもので、特筆すべきことといえよう。全国から帰参した先輩60名と、高校中学両吹奏楽部員90名をまじえた150名の大編成は、さしもの舞台もせまく、仮設で間に合わせるほどであった。千数百人のあふれる観客を集め、教祖誕生奉祝歌の大合唱により始まった演奏会は、第一部「イドメネオ」「スペイン」「無窮動」。第二部は天高二部教師山本先生のピアノコンチェルト。「こうもり」「マウンテンコンサート」。そして第三部はがらりと気分を変え、天理キューバンボーイズによるモダンミュージック。第四部は再び天理シンフォニックバンドの演奏で「軍隊」「シェラザード」「マラガ」「アルルの女」を終えアンコールの続出。会場のあちこちから「素晴らしい」の讃辞を頂き、大成功のうちに幕を閉じた。なおこの演奏会は、今年より毎年行う予定である。
  • 5月4〜5日 演奏旅行(三重県伊賀上野)
       午後4時バスにて出発、6時半到着。ただちに演奏会場である上野ユースセンターまで行進。7時半より演奏会。アンコールの続出により11時過ぎ終了。バスにて旅館に向かう。1時消灯。
  • 5月5日 昼2回の演奏会、市中行進、パレード。午後9時半全員無事帰校。本年初の演奏旅行も終了となる。参加メンバー50名。
  • 5月8日 奈良県吹奏楽連盟講習会 於本校 模範演奏、行進、パレードを行う。
  • 6月11日 天理大学文化研究発表会 於教館
  • 6月19日 第7回関西吹奏楽祭 於明石高校 50名の部員に、OB、天中部員を加えて百余名による演奏は、他のバンドを堂々圧し、天理スクールバンドの貫祿を示して、好評を博す。曲目は「イドメネオ」「無窮動」「クワイ河マーチ」「インディアナ州行進曲」。
  • 7月7日 真柱様欧州旅行お見送り 真柱邸玄関前でマーチを演奏、旅行のご無事をお祈りする。

長島愛生園、光明園慰問演奏

  • 7月15〜24日 演奏旅行(山陰、山陽方面) 第1学期の期末考査を終えると翌朝出発するというあわただしさに加え、試験のこととてしばらくやめた練習のため、連日の演奏に唇は切れる、腫れ上がる。歯はガタガタに浮いてしまう、そして試験の疲れもとれないまま、10日間の長日程と、非常に苦しい旅行であったが、各地での関係各位の心からのお世話取り、ご親切、また激励と身にあまる好意を感じては、自然われわれ自身の疲労など一切忘れ、一生懸命演奏せずにはいられなかった。この演奏旅行により、技術的にも精神的にも一段と向上したことは、コンクールを前にひかえ大きな収穫であったといえよう。以下、この演奏旅行の日程を記してみよう。
  • 7月15日 午前9時、バスにて出発、大阪より列車に便乗、岡山市へ向かう。試験の疲れか、車内では大半の者が夢路をたどっていた。午後4時岡山到着。岡山市公会堂で演奏準備をし、市中行進を行う。あいにく途中から降り出した雨のためパレード中止。夕食後演奏会に移る。終了後岡山教務支庁に向かい一日の疲れを入浴でいやす。1時消灯。
  • 7月16日 らい病患者の療養所である長島の愛生園、光明園にて演奏。われわれの演奏が、恵まれない患者さんたちに少しでも生活のうるおいを与えることができるならと一生懸命演奏する。幸い会場につめかけた患者さんたちに非常な好評を博し、毎年でも来てほしいという、今想いかえしても心に鮮やかに残る思い出深い演奏会であった。午前10時、教務支庁出発。2時間余りバスにゆられ船に乗り、長島愛生園に着く。行進の後約3時間の演奏会。再び行進パレード。その後光明園にて演奏会、終了後長島に別れを告げ教務支庁に帰る。午前2時消灯。
  • 7月17日 児島市、児島高校、東中学校にて4回の教材演奏、パレードを行う。
  • 7月18日 岡山教務支庁を出発、次の演奏地福山市へ向かう。福山分教会で昼食をいただいて後、昼夜2回演奏、市中行進、パレード。市民の熱狂的歓迎を受ける。
  • 7月19日 教会でお礼演奏後、府中に向かう。途中府中第2中学校にてパレード展開、見守る中学生を感嘆せしめた。昼食後再び行進パレード。府中中央中学校にて教材演奏。ちょうど終わったところへ永田部長先生が到着され、これより同行下さる。夜の部も教材演奏、パレードを行い、芦品分教会へ到着、午前2時消灯。
  • 7月20日 6時半起床。芦品分教会出発。次の宿泊所広島県東城へ向かう。旅館三楽荘で昼食後2回の演奏会と市中行進。夜の部東城高校にて演奏、終了後東城コーラス部高校生の諸君と歓談、演奏の見事さもさることながら、常にきびきびとした動作、とくに演奏会が終わってから会場の後かたづけを全員で機敏にやっている姿を見た時、とても胸に打たれたと、口々に讃辞を頂いた。歓談も終わり、ともに蛍の光を歌って名残りを惜しみながら宿舎に向かった。午前1時就寝。
  • 7月21日 米子市にて演奏、夜教材演奏、及び市中行進。倉吉分教会にて宿泊。
  • 7月22日 鳥取市立中央公民館にて昼夜2回演奏。岩美分教会にて宿泊。午前2時消灯。
  • 7月23日・鳥取市をあとに再び米子市にて昼夜2回演奏、市中行進、パレードを行う。今日が最後の演奏とあっていつ止むともしれないアンコールの拍手に部員全力を尽くして演奏。米府分教会にて宿泊。 7月24日・午前5時起床。7時半米子駅をあとに帰途につく。京都からバスに乗り、午後4時37分全員無事おぢばに到着。演奏旅行の全日程を終了した。われわれの演奏旅行は単なる旅行ではない。演奏旅行によって、技術の向上とともに何ものにもくじけない不屈の精神と団体生活における何ものかを習得し、立派な社会人としての人間性を作り上げることはもちろんであるが、それとともに演奏や行動を通じて本教のにをいがけをさせて頂くというところに大きな使命がある。であるからわれわれは、このことに常に大きな喜びと誇りを持って努力してきた。幸いどことも予想以上の盛況であり、演奏に限らず、その団体行動においても幾多の讃辞を頂いたことは、誠に嬉しいかぎりである。
  • 7月24日〜8月5日 恒例の子供おぢば帰りひのきしん 寮生は北寮で合宿、午前中2時間学校で勉強。午後からは練習。そして夕食後プールサイド行事に出演。全国から帰った子供たちに少しでも楽しいひとときを過ごしてもらおうとつとめさせて頂く。
  • 8月20日 第5回日本古式泳法大会 於天理プール
  • 8月26〜27日・天理教体育大会夏季大会 於天理プール
  • 8月28日 管外扶育生おぢば修養会 於天理教館 全国から帰った学友に「イドメネオ」「シェラザード」「ケテルビー作品集」「無窮動」を演奏。
  • 8月30〜31日 名古屋へ演奏旅行 午前6時35分、バスにて出発。11時名古屋テレビ塔に到着。ただちに市中行進、演奏会場である名古屋市鶴舞公会堂に向かう。この名古屋公会堂は一昨年の全国コンクール会場で、連続3年の優勝旗を手にした思い出の場である。今年も…と意欲がわき、演奏にも力がこもる。午後の部と夜の部2回演奏。愛知教務支庁で宿泊。
  • 8月31日 午前市中行進後、1時間の余裕に名古屋城内を見学、午後1時バスにて帰路についた。
  • 9月3日 近畿地区大学体育大会 於奈良学大グランド
  • 10月10日 奈良県高校総合体育大会 於橿原
  • 10月15日 真柱様欧州旅行からお帰りの出迎え
  • 10月16日 全国高校優勝弁論大会 於天理教館
  • 10月21日 本校体育祭
  • 10月24日 本校文化祭
  • 10月25日 本校球技大会
  • 10月30日 第10回関西吹奏楽コンクール 於大阪朝日会館 課題曲「スカイウェイ」(ムーン作曲)につづいて自由曲「フランス組曲」(ダリウス・ミヨー作曲)を力演、他校をよせつけず9度目の優勝を遂げる。2位天王寺商業高校。3位明星高校。なお天中吹奏楽部は課題曲「リトルジャイアンツ」自由曲「フランスバレー」を演奏。見事2位に入賞。
  • 10月31日 自衛隊創立10周年記念前夜祭 於奈良市庁別館

斬新な自由曲「フランス組曲」

  • 11月12日 全日本吹奏楽コンクール前日早朝本部にてお願いづとめ、全員元気に全国大会へ出発。7時20分大阪フェスティバルホール到着。20分間の練習を行う。本阪分教会で昼食後再び練習。9時就寝、明日に備え充分の睡眠をとる。
  • 11月13日 全日本吹奏楽コンクール 於大阪フェスティバルホール 6時起床、朝づとめの後朝食。開会式のため会場へ向かう。開会式終了後、花の井中学校にて練習、再び会場へもどり、最後のチューニングを行う。いよいよ12時高校の部、各地区代表9校のトップをきって緊張と興奮の面持ちで舞台へ上がる。決してうまく演奏しようという気は起こさず、日頃の練習の結果を聞いてもらうつもりで何もかも忘れ、ただ、ひたすら神にもたれきるだけ。幾度、南無天理王命と胸の中で神名をとなえたことだろう。かくして運命の12分間は夢中のうちに過ぎた。いよいよ審査講評及び、審査発表。息づまるような瞬間。「第1位関西代表、奈良県天理スクールバンド」ドッ と挙がる歓声、拍手の嵐……待ちに待った夢にまで見、あこがれたこの瞬間、ひとりでににじんでくる涙をおさえることもできないまま、6名の代表が表彰を受ける。4度目の全国制覇ここになったのである。なお第2位は東海代表東邦高校、3位は昨年度優勝の関東代表大宮工業高校であった。改めてこれまでお世話、ご指導下さった皆様に深くお礼申し上げます。午後10時半、本部前帰着。お礼参拝の後、真柱邸へ優勝のご報告を申し上げる。
  • 12月20〜25日 冬季演奏旅行(四国、松山・道後・今治) 昨日まで第2学期の期末考査であったが、全員疲れも見せず元気に午後4時25分出発。天保山より船で愛媛県高浜に向かう。
  • 12月21日 午前9時26分高浜到着。松山市愛媛新聞社より県庁まで行進、愛媛教務支庁で昼食。昼間、夜間と2回演奏。就寝前、道後の豊かな湯で一日の疲れを洗い流す(宿泊愛媛教務支庁、24日まで)
  • 12月22日 川内、重信両中学校で教材演奏、行進、パレードを行う。重信中学校では、同校のバンドと「リトルジャイアンツ」「海兵隊」を合同演奏。夜の部2時間の演奏。教務支庁に帰り12時就寝。
  • 12月23日 昼間、石井、花原、久米の各中学校で教材演奏、パレード。夜は久し振りにのんびりと道後温泉に体を休める。
  • 12月24日 7時起床、愛媛教務支庁をあとに次の演奏地、今治に向かう。市中行進後今治市公会堂において、昼夜演奏、終了後お世話下さった愛豫大教会の方々にあいさつ、今治をあとに午後10時25分出航。一路大阪天保山に向かう。
  • 12月25日 午前8時50分天保山到着。朝食後、バスにて天理へ向かう。良い年を迎えるようにと互いに想いを故郷へ馳せながら、午後1時解散。5日間の演奏旅行も無事終了する。

第12節試練のとき

昭和36年度

  • 九州、北陸、東北、北海道演奏旅行
  • コンクール不参加決定

部室が教館に移動し、ハイスクールバンドの名消える

昭和11年創立以来25年、矢野先生の常に変わらぬご慈悲あるご指導と、幾多先輩諸氏の多大なるご努力により、親神様、教祖の限りないご守護のもとに教内外各方面の方々のご支援とご理解を頂き、全関西吹奏楽コンクールに通算10回、全日本吹奏楽コンクールに4回優勝という輝かしい実績を樹立し、「出場すれば必ず優勝する天理」と某新聞が報じるにいたった。しかしながら、このあとを受け継いだ本年度は全く思いもよらぬ年となってしまった。われわれの最大の目標は、今までと同様に、全関西及び全日本吹奏楽コンクールに出場して優勝することである。ところが本年は、ある理由によりこれに参加できなくなってしまったのである。

一口でいえば、本年はついていなかったように思われる。今この1年間を振り返ってみて、わが部の歩みはいかにあったかを思い起こしてみたい。

2月27日、1年あるいは2年間苦楽をともにした9名の卒業生が巣立たれ、4月の新学期を迎えると同時に、十数名の新部員が入部し、5月に入って、過去2年間並々ならぬご尽力を下さった永田先生が学校を引かれるとともに部長もやめられ、新たに教務主任であられる西田先生が着任された。こうして、部長、西田先生、副部長、森岡先生。指導、作編曲、指揮、矢野先生。作編曲、矢野晄道先輩。副指揮並びにドラムメイジャー、宮地正忠先輩。それに部員約50名と新編成ができ上がり、さらに一層の向上をと西村キャプテンの高い理想のもとに、部員一同大いに張り切り、快いスタートをきった。

ところが、職員室が講堂に移されると、われわれの部室は教館へ自動的に移された。このことはわが部にとって個人の技術を向上するという点で大いにマイナスとなった。というのは、個人練習やパート練習が充分にできなくなったからである。

6月には従来親しまれてきた「天理スクールバンド」という名称が「天理高等学校吹奏楽部」に統一された。

またコンクール体制に入るべき9月になってすべての休日が行事行事でうめられ、その方の練習にも忙しく、課題曲も随意曲もほとんど手をつけることができなくなり、ついに9月30日に矢野先生から、今年はコンクールに出場しないというお話があった。われわれにとって最大の目標であるだけに落胆も大きかったが、とりわけ3年生には、もう2度とこのような機会に恵まれないだけに、そのショックは甚だしかった。キャプテン以下数名の者が身を引いたのはこのためであった。一時は虚脱寸前の状態にまで陥ったが、その後部員の気持ちもだんだんにおさまり、3年生の残された仕事は1、2年生の指導をしっかりすること、それがお世話下さった矢野先生への恩返しとなるだろうとまとまりがつき、また、1、2年生は来年を目指して再出発しようと心を定め、11月19日新役員の改選を行い新たな決意を固めた。

一方で楽しい思い出も多い。九州、北陸、東北、北海道と各方面への演奏旅行は一生忘れられない思い出として、頭の中にやきついている。ことに東北、北海道への旅行が長期間、長距離のものだっただけに、忘れがたいものがある。3年生のこの旅行記が、「吹奏楽研究」の11月号に載せられた。以下これらの演奏旅行を主とした演奏日誌を繰ってみよう。

  • 3月29日〜4月4日 北九州方面演奏旅行 卒業生を送り出した後なのでまだ新編成ならず、部員は32名と、先輩15名が欠員補充及び舞台整理のため加わり、桜の咲きほこった北九州を訪れた。
  • 3月29日 午後4時教館に集合してバスで京都へ、汽車で鳥栖に向かう。車中にて一泊。
  • 3月30日 午前11時博多着。バスにて鳥栖へ。2時着。ただちに会場の中央公民館まで市中行進、会場で2回演奏会。終了後、後かたづけをし、宿泊所の冨士屋旅館に向かう。おやつを頂いて1時消灯。
  • 3月31日 起床7時。バスにて佐世保へ、到着後駅前から目抜き通りを行進、途中公園でパレードを行う。公会堂で第1回目の演奏終了後、市内にある弓張岳に登る。九十九島の絶景を眺めながら弁当を頂く。夜の部の演奏をすませ飯田旅館に着くと、女中さんたちが出迎えてわれわれの演奏を聞いたらしく、絶賛して来年もまた是非来てほしいと。
  • 4月1日 汽車で佐賀へ、11時半に到着して市 中行進、県庁前にてパレードを行う。佐賀劇場で2回演奏。宿泊所は宝山荘だが、ここは普通学生を泊めぬそうだが、今回は特別の由、身に余る光栄だった。
  • 4月2日 12時頃唐津に到着。唐津小唄の踊りも入れて、2回演奏。聴 Oの興奮のうち幕となる。林旅館で横になった時はすでに1時をまわっていた。
  • 4月3日 朝食後、玄海国定公園の雄大な景色や近松寺などを見学させてもらった。ことに鏡山から唐津港をのぞんだ時には、つくづく自然の素晴らしさを感じさせられた。午後東唐津駅から汽車に乗り帰途につく。大勢の方々がお見送りに来て下さる。
  • 4月4日 朝5時大阪着。バスで天理へ。無事終えたことを親神様にお礼申し上げ、解散。
  • 4月18日 教祖御誕生祭 於本部中庭「奉祝歌」を演奏。
  • 4月19日 天理教体育大会春季大会於天理大学グラウンドパレードを行い、帰参者の拍手をあびる。
  • 4月20日 天理教婦人会総会
  • 4月21日 天理教青年会総会青年会歌を演奏、のちひのきしん現場に向かい、休憩時間を利用して、野球場にてパレードを行う。
  • 4月22日 第2回天理シンフォニックバンド定期演奏会於天理教館高校生約50名と楽朋会及び中学生を加え百名をこえる大編成の演奏は、帰参者たちを感嘆せしめた。また大先輩の荒牧氏や明山氏が指揮された。曲目「フランツ・シューベルト」「グローフェ讃歌」「スティール交響曲」「コンチェルティーノ」。アンコールには「センチメンタル・ジャーニー」「インザムード」「スターダスト」「エストレリータ」またさらに「月影のキューバン」や「じんじろげ」なども演奏。5時終了解散。
  • 4月23日 真柱様ご誕生祝於本部炊事場2階
  • 4月30日 奈良県吹奏楽講習会 於天理教館模範演奏やパレードを披露。
  • 5月6〜7日 福井県武生市に演奏旅行武生といえば刃物で有名な所であり、また先日「かあちゃんしぐのはいやだ」のロケが行われた所である。今回は38名の部員と、数名のOBを加えた50名編成で児童憲章制定10周年記念児童福祉週間行事の一環としてわれわれを市が招いたのである。
  • 5月6日 第1限終了後ただちに教館に集合し、バスにて武生に向かう。到着すると服装を整え、市中行進。市役所前にて民生委員長、市議会副議長、天理教福井教区長各位はじめ、全市をあげての歓迎ぶりに終始圧倒され気味だった。午後8時からの演奏会は東小学校の講堂で開かれたが、「武生ばやし」など当地の民謡を演奏、好評を博した。その夜は中央公民館に宿泊し、1時消灯。
  • 5月7日 公民館から行進開始、市役所前にて市長の挨拶を受け市営球場に向かう。記念行事の表彰式があり、それに参加し、その後パレードを行う。東小学校講堂で教材演奏。3時全プロ終了。ただちに服装を着替えてバスに乗り天理に向かう。
  • 5月14日 船場大教会80周年 於大阪バスで大阪に行き、下寺町から大教会まで行進。教会では新築中の神殿の前でマーチ数曲を演奏。わずかの休憩の後、靱公園に行き第3回大阪スポーツマンクラブ会員家族運動会に招待演奏並びにパレードを行う。再び船場大教会に帰り、「イドメネオ」、「ペルシアの市場にて」等を演奏。参拝の教信徒の方々に大変喜んで頂いて、僕らとしても本当にうれしかった。演奏終了後、夕食を頂いて会長様からご挨拶を受け、帰途についた。
  • 6月2日 文化研究発表会於天理教館現役にOB数名を加えて、「ミシシッピー組曲」やケテルビー作品集を演奏。
  • 6月3日 奈良県民体育大会於橿原競技場入場式、開会式に参加し、パレードを披露。
  • 6月18日 全関西吹奏楽祭 於大津市午前中滋賀県庁前を市中行進。午後は「グローフェ讃歌」を演奏。
  • 6月24〜25日 福井県小浜市に演奏旅行夕方5時45分に小浜市に到着したが、小雨が降り始め、やがて本降りとなった。新築の北陸大教会で参拝の後玄関の中で民謡などを数曲演奏。その後会場に向かい、1回演奏。大教会にもどりここに宿泊。
  • 6月25日 午前中楽器解説を含めた教材演奏を行い、その後市役所の少し手前から隊形を整え市中行進開始。市役所で2回、駅前で1回のパレードを行い、約1時間行進する。教会に着き、市長、北陸大教会長各位の挨拶があり、昼食を頂き帰途につく。
  • 7月25日〜8月4日 子供おぢば帰りひのきしん(合宿於北寮)今夏は1学期の試験終了後、約1週間の休暇にはいり、23日に部員を招集し、恒例の子供おぢば帰り行事中最大の催しであるプールサイド行事に参加。寮生及び通学生は北寮よなほり寮に合宿。午前中英、数、国の3科目を学校で学び、午後は練習並びに後にひかえている東北、北海道方面への演奏旅行の準備などに費やす。夕食後プールサイドの行事に参加し、毎日超満員の、親神様、教祖を慕って帰って来た子供たちに楽しんでもらうよう、部員一同連日の疲れなども少しも見せずにがんばる。

3850キロの大演奏旅行

  • 8月6〜26日 東北・北海道方面演奏旅行期間にして3週間、距離にして3850キロ。なんとそれは東京から鹿児島まで往復して、さらにそのまま北へ進み、青森を通り過ぎて秋田近くまでと同じ距離だそうである。このような大演奏旅行が、実際に今夏に実現したのである。この演奏旅行は前々から長年待望していたことであり、矢野先生が札幌生まれの道産子でもあるので、喜び勇んで参加した。道中とくにうれしかったのは、優先乗車や特別配車など国鉄のご厚意が大変ありがたく、感謝に堪えなかった。ところがその反面、今までに一度もしたことがないようなことが起こった。秋田市の演奏「夜の部」が終わって帰り支度をしていると、部員4名の私物のバッグがないと言い出した。会場を移動した時に忘れたのではないかと全員で調べたが見当たらない。バスで宿舎の教務支庁に帰って、一同早速親神様に、心のたるみをお詫び申し上げ、とにかく床についた。教会の人たちがずいぶん心配して方々探して下さった。その騒ぎで、寝たのが3時頃だった。翌朝は6時半の出発。宿舎のお世話になった人たちにお礼をいって、教会を出発しようとする間際、「ありました。ありました。駅の物陰に残っていました」と係の人が届けてきた。これは着替えや洗面道具などの私物のバッグであったからまだよかった。その日、弘前駅に下車、楽器係が点検したところ、楽器ケースが一つ足りない。調べてみると、それはピッコロ、フルート各2本、それにオーボエが1本入っているケースだった。たぶん列車の中に忘れてきたのだろう。降りる時車内をもう一度確認すればよかったのに。しかし、時間がきて、会場の弘前市立第3中学校体育館に到着、ここにバンドがあって、歓迎の賛助出演するとのこと。フルート2本とピッコロ1本を拝借した。第1回の演奏が終わって控室にもどると、駅の方から終着駅でケースを発見したから、夕方までに返送するとの連絡があった。この時こそ、昨日からの憂うつが一度に晴れた気がした。大難が小難となったことを親神様に感謝するばかりであった。

以下そのスケジュールを記そう。

  • 8月6日 天理を出発し、大阪に行き、夜行列車に乗る。車中で夜食を頂く。
  • 8月7日 新潟県十日町市。午後2時から市中行進1時間。午後7時から十日町中学校講堂で演奏会。
  • 8月8日 十日町で午前中1回演奏。バスにゆられて新潟へ。
  • 8月9日 新潟市。午後1時から公会堂で演奏会。5時から市中行進。6時半から演奏会。
  • 8月10日 秋田県本荘市。午後1時から本荘中学校体育館で演奏会。5時から市中行進。7時から本荘北中学校体育館で演奏会。
  • 8月11日 秋田市。午後2時半から秋田スポーツセンターで演奏会。5時から市中行進。7時から同会場で演奏会。
  • 8月12日 青森県弘前市。午後2時から弘前第3中学校で演奏会。4時半から市中行進。7時から演奏会。
  • 8月13日 青森県八戸市。午後3時から市民会館で演奏会。5時半から市中行進。7時半から夜の部演奏会。
  • 8月14日 浅虫温泉で休養。
  • 8月15日 北海道函館市。午後1時半からHBC劇場にて演奏会。4時半から市中行進。7時から同会場にて演奏会。
  • 8月16日 小樽市。午前10時から市中行進。2時と7時花園小学校で2回演奏。
  • 8月17日 旭川市。午後2時と7時、体育館で2回の演奏会。その間に5時から市中行進。
  • 8月18日 士別市で市中行進及びパレード。名寄市で名寄小学校校庭でパレード。午後6時半から校内の体育館で演奏1回。
  • 8月19日 網走市。午後5時から市中行進。7時から労働会館で演奏会。
  • 8月20日 網走市。午前中は市内の原生花園や天都山を見学。午後2時から演奏会。
  • 8月21日 札幌市。10時啓明中学校でパレード。午後1時から市民会館で演奏会。その後1時間の市中行進をし、6時からテレビ塔の真下で野外演奏。
  • 8月22日 室蘭市。1時半からと6時半からと輪西会館で2回演奏。4時半市中行進。
  • 8月23日 昭和新山、洞爺湖を見学して、夜の連絡船で海峡を渡る。函館港を離れる時、船の甲板に出て「蛍の光」や「軍艦マーチ」等を演奏。
  • 8月24日 青森市。午後1時から県立体育館にて演奏。雨のため市中行進はなく、7時から最後の演奏会。
  • 8月25日 青森発6時の急行「日本海」で大阪へ向かう。一日中かんづめ。
  • 8月26日 早朝5時45分。一同無事に大阪着。ただちにバスで天理へ。なお今回の曲目の中に、交響曲第5番「運命」全楽章がいつものプログラムに加わった。
  • 8月26〜27日 天理教夏季体育大会於天理プール
  • 9月10日 第3回奈良県吹奏楽祭於天理教館
  • 9月23日 天理市三島地区運動会於天中グランド招待され入場行進、パレードを行う。
  • 9月24日 奈良県家庭クラブ10周年記念式於高田高校体育館招待され「ペルシアの市場にて」等を演奏。
  • 9月29日 奈良県高校総合体育大会於橿原競技場
  • 10月3日 本校体育祭
  • 10月8日・奈良女子大附属高校50周年記念行事
  • 10月15日・全国高校優勝弁論大会
  • 10月27日・本校芸能祭
  • 11月22日・天理大学祭賛助出演 於天理教館

昭和37年度

  • NHKコンクール初優勝
  • コンクールで初めて部員が指揮

夏季演奏旅行、今年はどこにも行けず

4月、まず18日、教祖御誕生奉祝祭を第1日目として、19日には春季体育大会、20日には婦人会総会、21日には青年会総会、そして22日には教祖御誕生祭記念演奏会、これには、多くの先輩も参加され、天中、天高の部員と、先輩諸氏よりなる天理楽朋会の合同編成で、天理シンフォニックバンドと称しての大演奏会であった。また翌23日には、真柱様御誕生日と、新学期より多忙な行事であった。このように、この月は連日本教に関する行事が続いており、伝統的にわが部はそれらの行事に参加させて頂いているからである。

しかし、多忙な行事に日を送る一方、かなりに苦しい思いをせざるを得なかった。というのは、部員たちの演奏は、近年、いや今までにない低調さで、そのひとつひとつの行事に参加させて頂いても、はたして皆様にご満足頂けただろうかと、部活動の本年の発端から心配される状態であったからである。

そのような思案にくれているうちにも、一学期を終え、4月と並んで重要な行事のある7月を迎えた。全国津々浦々の幾万の道の子供が寄り集う、子供おぢばがえりがそれである。毎年わが部は、その子供たちの心の中に、このおぢばでの思い出をより深くさせるプールサイド行事に参加させて頂いている。今年も例年通りに参加させて頂くことになった。しかし前述したような低調な演奏のままでは、楽しみにしている子供たちに喜んでもらえないだろうと、21日から前期強化合宿練習を行った。

宿舎は北寮で、全員初めてひとつの屋根の下で起き臥しし、1年の思い出をここにも作り得たようであった。この強化練習の目的にはもうひとつの重大なことがあった。当部始まって以来の栄光は、誰もが知るところであるが、その誇りを積み重ねているコンクールに、今年も出場するのだという意欲を、部員たちはみなぎらせていたからである。このような意気込みの中で、午前中学習、午後に練習、夜にはプールサイド行事(25日より)の日程で始められた。むんむんと熱気のこもる音楽室、ここで今日まで何十年間、先輩が同じように矢野先生のご指導を受けてきたと思うと、益々練習に熱が入る。微かな音程の違いにも先生の怒鳴り声が響く。素っ裸になって、額に ャれる汗が目にしみこんできても、強化練習の言葉そのまま、かなり厳しい練習を続けていった。

25日よりプールサイド行事が始まり、10時半から11時頃に、また楽器を持って学校へ引き返し、その時になってやっと今日一日の勤めが終わった。そういう気持ちになってくる。これから宿舎まで帰るのだが、こんなことがあった。2日目だったか、一日を終えて帰舎する途中、人家はシーンと寝静まっていた。そこへわれわれの靴音が、ザッ、ザッ、ザッ、ザッと侵入していったのであるが、突然、二、三軒の二階の室、また戸口が開いて「やかましい!」と怒鳴りつけられてしまった。ここはちょうど道幅も狭く、人家が密集しているところである。つま先とかかとで歩いてこの場を逃げ出た。それから、ここを通らないようにし、また、帰舎時にも、三つに分かれて行くことにした。それにもうひとつ、始めのうちのことだったが、寮の小門も閉まっていて、何かもやもやとするものを感じたことがあった。

8月になってプールサイド行事も4日には終わり、まがりなりにも無事勤めを終えさせて頂けたことをお礼申し上げた。

毎年この夏休みには、演奏旅行があって部員たちの楽しみのひとつにもなっていたのだが、今年はついにどこへも行くことができなかったのは、残念な思い出の一つとして数えられるだろう。それにこの演奏旅行は、部員たちの技術向上の機でもあり、もし、今年も昨年同様にどこかへ出張演奏していたなら、今少し演奏技術にも磨きがかかっていただろうと思われるのである。このプールサイド行事をもって、休み中の主な行事は終わったわけだが、コンクールへの意欲に燃える部員たちの意気込みで、合宿練習は延期され、コンクール出場の実現も、どうやら望まれるほどに上達していった。 せっかくの休みだからとの先生のお言葉で、一応前期強化合宿を13日に解散、26日再び全員集合して後期合宿練習を行うことになった。そのまま第2学期を迎え、他部(運動部)でいうシーズンの月を迎えたわけである。

関西で悔し泣き、NHKで感涙

本年はコンクールも1カ月あまり早くなり、部員たちの練習にもより激しさが加わっていった。何度やっても先生に怒鳴りつけられて、それでもできない個所、とうとう泣き出す者も出るほどであった。しかし、誰もそんなことには負けなかった。唇が切れても無理をして吹いた。少しくらい熱があっても、懸命になって吹いた。そんな毎日が続いていった。そして、29日、この日はNHK器楽合奏コンクール奈良県予選の日である。何といっても、まったくのゼロから出発してまだ半年余り、なかには未経験者もおり、完全に音を出しきるのに日も浅い。それに演奏旅行や出張演奏等、舞台度胸も薄い。それだけに、これに優勝できたことは、明日にひかえた関西コンクールに、いくらかの自信も得られ、喜びも大きかった。しかし、まだ不安もあった。翌30日、関西コンクールに出場、無念にも第3位という、今までにない順位を記録してしまった。あとにテープで調べてみると、本番の時に、本番前より音程の高くなっているパートがあり、この順位を納得せざるを得なかった。

今年は矢野先生の意とするところから、キャプテンが指揮をした。自分の指揮が未熟でみな固くなってしまったんだと、キャプテンは流れる涙も拭わず泣いていた。キャプテンだけではない、誰の目にも涙のあふれない者はなかった。NHKコンクールに一抹の望みをかけて、11月の近畿予選コンクールを待つしかなかった。しかし、このコンクールには、音程の固定された楽器(ハーモニカ、マンドリン等)の使用も許されており、吹奏楽は、2分の1の望みしか持たれない状態であった。録音審査なので、音の美しい演奏が有利になるのである。しかし、われわれは望みを捨てなかった。11月、ついに10日午後7時より発表があり、われわれの演奏を全国コンクールへの出場校に推したのである。新たに湧き出る全国優勝の野望に、みんな胸の躍動も抑えきれず、不安を抱きながらも、その日その時を待った。12月1日、午後9時、ラジオのニュースによってわれわれの吹奏楽は全国優勝の声を聞くことができた。その一瞬、飛び上がる者、抱き合う者、その場その時の喜びは、この筆先では形容できまい。これにより、7日、東京産経ホールで表彰並びに、記念演奏会があるために上京、近く学期末考査をひかえてのことだったので、その準備品を持っての上京であった。ちょうどご上京中であった善衞様はじめ、多くの教内外の観客の前で、またラジオ、テレビによって全国の人々に聴視して頂いたのである。

急行「よど」で帰和して10日、はれて天理市中をパレードして、喜びを一段と高めたのであるが、東京からの車中、途中富士山が望まれた。名のある画家が描いた絵に見られるような、桃赤色に太陽に染められて、白い帽子も桃色にうっすらとほのめかせた富士は、めったと見ることができない美しさだった。誰かが言っていた「何やら、俺たちのために、わざわざ作ってもろたようやな」。みんなそう思ったことであろう。

年が明けて昭和38年。元日からの行事で、今年は何かよいことが続きそうな気がする。そう思う者もあった。9日には全国高校ラグビー大会に出場した本校ラグビー部が、堂々優勝して市中パレード、この先頭に立って花をそえた。

  • 4月18日 教祖御誕生奉祝祭
  • 4月19日 春季体育大会
  • 4月20日 婦人会総会
  • 4月21日 青年会総会
  • 4月22日 教祖御誕生祭記念演奏会
  • 4月23日 真柱様御誕生日
  • 5月27日 県民体育大会
  • 6月6日 近畿地区府県庁職員体育大会
  • 7月21日 夏季前期合宿
  • 7月25日 子供おぢば帰り行事
  • 8月4日 子供おぢば帰り行事終わる
  • 8月7日 柔道部全国優勝御礼参拝
  • 8月13日 全国高校野球大会応援 前期合宿終わり解散
  • 8月26日 夏季体育大会
  • 8月27日 夏季体育大会、後期合宿始まる
  • 9月29日 NHK器楽合奏コンクール
  • 9月29日 奈良県コンクール(優勝)
  • 9月30日 関西吹奏楽コンクール(第3位)
  • 10月17日 体育祭
  • 10月26日 八十年祭決起大会
  • 10月27日 芸能祭
  • 11月10日 NHK器楽合奏コンクール近畿コンクール(優勝)
  • 11月17日 木津高校文化祭
  • 11月26日 お道の歌の会
  • 12月1日 NHK器楽合奏コンクール全国コンクール(優勝)
  • 12月7日 優勝記念演奏会に参加のため夜行「大和」にて東京へ
  • 12月9日 NHKコンクール優勝記念演奏会(ラジオ、テレビに出演)
  • 12月10日 優勝記念市中パレード
  • 12月31日 全国ラグビー大会入場式参加のため全員集合
  • 1月1日 全国ラグビー大会
  • 1月13日 あやめ池新年子供大会

二つのコンクールを指揮して

昭和37年度主将 −山本一海−

新学期の頃は、例年にない技術の低下だといわれ、とてもコンクールに参加できる状態ではなかった。しかし、8月上旬には、例年に近いほどまで技術も向上したので、やっと参加できる許しが出た。序曲「フランドリア」を自由曲として、課題曲「鬨の声」とともに練習に入った。先生は在校生に指揮させるとおっしゃって、僕が指揮することになった。経験も自信もまったくなく、大役に当惑していたが、先生が懇切に指導して下さるので、度胸を決めて練習に入った。しかし右手がどうにか振れるようになったと思えば、左手が思うように動かず、夢中で指揮をしていると、姿勢が悪くなって注意される。まったく肩が凝ってついには、手が思うようにならなくなる始末。先生の指揮を見ていると何でもないように見えたが、まったくむずかしいのにはまいってしまった。どうにか拍子が振れると思ったら、曲の感じが出ないと注意。まったく血まめを何度もつぶしての懸命な練習だった。連盟主催の関西コンクールには張り切って出場した。その結果は…入賞したとはいえ、僅かの点差で3位になってしまった。指揮が未熟なので部員たちが堅くなり、思うように演奏ができなかったためではないかという悔悟の念と、出場すれば必ず優勝とまでいわれた先輩の功績と誇りを一瞬にして崩してしまって、申しわけなさと口惜しさが交錯し、会場に来て声援して下さった皆様にも顔向けができず、悲嘆のどんぞこに沈んでしまった。ただここで一縷の望みをかけて、NHKの近畿地方コンクールの結果を待つより道がなかった。その間の部員たちは不安、焦慮、苦悩でまったく堪えきれない、切ない思いであった。12月1日の全国大会を待った。当日の放送時間となった時、他の地区の代表の演奏をじっと聴いていると、不安と緊張に耐えられず、室を出て行った部員も多かった。全国高校の部、最優秀校は「近畿代表……」と聞いただけであとは夢中、みな雀踊りせんばかりに喜びあった。


昭和38年度

  • 香川、山口演奏旅行
  • 冬季は愛媛へ演奏旅行

関西コンクール惜敗

新学期を迎え、ただちに新部員が30数名入ってきた。全部員の半数を占めるという例年になく多い入部者だった。 3年生の中には高校にやってきて初めて楽器を持った者も多く、例年に較べて技術の面では低い水準であったと思える。練習場も学校から教館に移って3年目であり、例年の水準にまでもっていくには、矢野先生はじめ先輩方々の適切なご指導を得たとはいえ、並大抵ではなかった。僕ら3年間のうちに演奏旅行の経験も少ないわけで、失敗を繰り返し、その度ごとに先生方の心配をわずらわして、不勉強の自分たちのせいと思えば、申し訳ないことのみが多かった。

昨年度まで、ドラムメージャーであり副指揮者であった宮地さんが山本先輩(今年度卒業生)と交代され、パレードのなかにもいろいろな民謡が織り込まれていったのは新風を呼んだといえる。

昨年度部長の西田先生は、教頭職につかれてお退きになり、森岡先生が部長となられた。長く副部長としてお世話頂いてきたのであり、この上もなくよい部長先生を迎えた。新たに大矢先生が副部長となられて、今年度の陣容が整った。

演奏旅行は日誌にゆずるとして、例年の関西吹奏楽コンクールには惜しくも第2位となったのは、本当に残念であった。審査員の話の中にも、「曲目の選定と少々のミスのため」とあったが、来年の奮闘を誓いあったのである。曲目はベートーベンの「運命」第4楽章で、これはテンポ、音程など難しかった。連日の苦しい練習の中にも、技術の向上が見られ、気持もとけあって頑張ったのである。NHK合奏コンクールは、昨年度の全国一を汚すまいと励まし合ったが、県代表とはなれたものの、テープ審査による近畿大会では優良校ということで、関西コンクールと同じ天王寺商業に涙をのんだ。

この二つのコンクールに全力を尽くしたつもりのわれわれは、何か気が抜けた思いであって、ある者はもう練習も面白くないと言い始めた。しかし矢野先生より「後輩のため、また自分らの仕事を最後まで勤めよ」とお話し頂いて、3年みんなが努力を誓いあったのである。2学期は多くの行事に参加した。また、12月22日からは松山方面への旅行だった。自分たちの残り少ないクラブ生活に有終の美を飾りたいものと、楽しかったこと、つらかったことなど思いつつ、また、来年の活躍を祈るものである。

  • 4月20日 婦人会総会・天理シンフォニックバンド定期演奏会 天理教本部において、婦人会員の歌、婦人会の歌を演奏、その後ひのきしん現場に向かい、ひのきしんの間演奏。シンフォニックバンドは教館において行われ楽朋会員、天中、天高生と百名余りに及ぶ大編成で演奏。なかでも吹奏楽と琴での「春の訪れ」「新暁」は吹奏楽の革命と言われよう。
  • 4月21日 青年会総会於本部中庭青年会歌吹奏、ひのきしん現場にて教内の鼓笛隊との合同演奏。曲目は「史上最大の作戦」を演奏。
  • 5月16日 陸上自衛隊第3師団音楽隊との合同練習本校は「シンフォニック・スイート」1曲を演奏した。
  • 6月2日 奈良県県民体育大会於橿原競技場入場行進、開会式に参加した。来年のオリンピックのためか盛大であった。なかにも若い日本の合唱を演奏。
  • 6月15日 研究発表会 於教館部員全員の夏の盛夏服に女子用のネクタイというスタイルは、何かふだんの姿に似合わないと観客を驚嘆せしめた。曲目は「イルパスティッチオ」「フランドリア」「シンフォニック・スイート」映画音楽集より「ウエストサイドストーリー」「カンボジア組曲」。アンコールとして「エストレリータ」「黒い瞳」「ロンサムロード」など。以上本年度第1回の演奏会をかねて行った。
  • 6月30日 奈良県吹奏楽祭 於教館奈良県内の中学校3校、高校5校、親里鼓笛隊が集まった。本校は「シンフォニック・スイート」を演奏。午後は今年度課題曲「朝のステップ」「希望」を矢野先生指導により練習し、講習会は4時頃終了となった。
  • 7月13日〜8月5日 夏季合宿於北寮ひながた塾合宿について、例年では子供おぢばがえりまでの間は休みをとっていたのであるが、今年は一学期が終了と同時に北寮に全員合宿できるということになり、このうえもなくありがたいことであった。連日太陽の照りつける下での行進練習も思うように進まず、学校音楽室で子供おぢばがえりの曲目、旅行でのプログラムに入っている曲目の練習であった。今年は1年生が半数以上であったので、例年の技術まで、それ以上に持っていくためにも大変な努力が必要であった。
  • 7月25日 子供おぢばがえり行事リハーサル於天理プールサイド今日より行事が始まって連日帰って来る子供たちをいかに喜ばせようかとの矢野先生の曲目選定も大変だったと思った。今年は例年に比べて淋しい感じを受けたのであるが、次の日にはプールも人の波で埋まった。
  • 7月26日 プールサイド行事2日目この日には天理教体育大会が催され、各県の教区選手が入場、2日にわたる大熱戦を行った。子供おぢばがえりプールサイド行事も、夕づとめ後ファンファーレのもとに開催された。「八十年祭の歌」「親神様」など合唱演奏が、また、子供向きに童謡の中から「兎と亀・桃太郎・金太郎・浦島太郎」の曲を編曲、マンボで演奏する。その曲には子供たちも楽しんでくれたことと思う。
  • 7月27日 天理教体育大会表彰式2日間の結果が出て、表彰式と閉会式に参加。子供行事も8月4日まで続けられ、朝は演奏旅行の練習、1日中忙しい毎日を過ごし、北寮に帰ったのはほとんど毎日午後11時であった。

台風のため旅館の2階でも演奏

  • 8月6〜16日 香川・山口両県演奏旅行3年間の中で初めての長い演奏旅行であった。1年の時、3年生、2年生は九州・北海道へと行ったわけであるが、今の3年生では残念ながら行った者は少なかった。今度の演奏旅行へのみんなの熱望は、全員の技術を向上させたし、「運命」などという曲目もプログラムの中に入っていることから、手の運指法やらテンポの速いところなど、本当にみんなの努力が実り出発したわけである。
  • 8月6日 天理駅出発一路四国へ。4時には四国に渡り、最初の坂出市に入り、双名島分教会に着き、すぐ荷物を下ろし、6時から市中行進に出発。曲目は「史上最大の作戦」「インディアナ州」「ボギー大佐」「八十年祭の歌」。その後、バスで20分間の丸亀市へ。市中行進は8時に終了。坂出市の双名島の教会で一泊した。初めての旅行のためか、思うように動けず、気持ちだけは張り切っていても時間の無駄が多いために大変時間が遅れたことは、明日への注意の第一目標となった。
  • 8月7日 坂出市東部小学校体育館で昼の部を演奏、曲目は「イルパスティッチオ」「運命」、映画音楽より「ベンハー」「戦艦バウンティ号の反乱」「ウエストサイドストーリー」、ケテルビー集より「ペルシアの市場にて」「エジプトの秘境にて」「修道院の庭にて」「中国寺院の庭にて」、民謡の中より「おてもやん」「安来節」「花笠踊り」「ソーラン節」など。アンコールなど数曲といったように、多くのレパートリーをもっての演奏であった。夜の部は7時から一般向けに演奏した。なお、この日も双名島分教会に宿泊。
  • 8月8日 高松市民会館にて演奏。午前9時半から市中行進、1時から昼の部開始、「塩田小唄」などローカル民謡を編曲して頂いて、これは各地での演奏に大変喜ばれていた。また、この地方では桃太郎の伝説があるといわれているそうで、童謡をマンボで編曲された曲には、これも大変な驚きようであった。夜の部も7時から始め9時半には終了。大千旅館に宿泊。
  • 8月9日 台風のため次の会場に行けなく、一日休日となる。小雨が降り、心配した台風の被害もなく、夕食後旅館の2階にて旅館の人々に演奏を聴いてもらった。
  • 8月10日 丸亀市立西中学校講堂にて演奏。昼は1時から常のプログラムで演奏。この日四国の観音寺高校の吹奏楽部の方々の訪問を受け、課題曲の練習を講習する。夜の部は7時から始め、終了は9時半であった。急いで荷作りにかかり、港へと急いで本島行きの船に乗船。海上は昨日の台風のためか、小雨が降って時間が遅れたが、10時30分に出帆して、瀬戸内海の夜の海を進んでいった。瀬戸内海の中でも別府航路の通っているところで、暗い海上から大きな蛍の集まりのように電灯やサーチライトが光り、近くにいるようでもあるが、いつしかもう遠くへいってしまった。本島大教会は本島の山の中腹にあって、そこからの夜の景色はすばらしく感じられた。
  • 8月11日 本島にて午前中休みをもらった。なんとか海水浴をすることになり、短時間ではあったが楽しかった。出発の用意を急ぎ、12時出帆。船が小さいので別れの演奏ができなかったのが残念であった。本土に渡り、またバスでの旅をして山口県岩国市の周東大教会にて夕食を頂く。11時20分に下関市馬関分教会に到着。夜食後12時30分消灯。
  • 8月12日 下関市早鞆学園講堂。1時より昼の部演奏。「男なら」「漁港節」などローカル民謡を演奏。3時から市中行進、7時から夜の部演奏会。
  • 8月13日 宇部市、渡辺翁記念会館にて演奏、昼の部の市中行進であった。当地の吹奏楽部員のために午前中に矢野先生が楽器、奏法などを講習。NHKから録音に来られ、2曲吹き込みを行う。夕食後7時から夜の部演奏会。旅館に宿泊。
  • 8月14日 岩国市立体育館。1時から昼の部である。アメリカ海軍吹奏楽隊が来館され、みんな頑張れと励まして最後の演奏会へとのぞんだ。なんとか無事に演奏が終わったことを教会に帰り親神様にお礼申し上げ、最後の道中の無事をお願いした次第である。
  • 8月15日 朝はゆっくりと休み、10時に宮島見学となり、夕方5時には天理に向かって出発。途中広島で下車。
  • 8月16日 朝5時には天理に帰り、楽器点検の後、親神様に旅行中のお礼を申し上げ、夏の演奏旅行を終わった。
  • 9月3日 柔道、水泳(飛び込み)祝勝行事夏休み中のクラブインターハイの結果発表があり、全校生徒が西運動場に集まって祝勝会が開かれた。
  • 9月29日 関西吹奏楽コンクール四天王寺会館にて行われたけれども、わずかのミスのため第2位となった。昨年度の無念さを思い出し、全員が9月はじめから毎日毎日の苦しい練習を続けたのであったが、またしても天王寺商業に惜敗した。今年度課題曲「希望」、自由曲「運命」の中よりフィナーレを演奏。
  • 10月5日 NHK器楽合奏コンクール県大会これは昨年と同様に奈良県代表校に選ばれる。
  • 10月6日・三島区運動会10月9日・本校体育祭9時入場行進、雨のため中止となり、12時閉会式となる。
  • 10月12日・国際ロータリー365 区大会於本部炊事場ロータリー関係の曲を演奏。
  • 10月13日・京都府園部ライオンズクラブ認証伝達式市中行進の後、京都府立園部高校講堂にて演奏会が行われ、夜9時に帰和。10月14日・国際親善柔道天理大会
  • 10月23日・国土美化国民大行進奈良県大会音楽の夕べ奈良市庁別館にておこなわれ、約1時間半にわたって、奈良市民の方々に喜んで頂いた。
  • 10月25日・第6回視力障害者布教連盟総会於本部炊事場2階
  • 10月27日・天理市戦没者追悼式於天理北中体育館吹奏楽器での「越天楽」など雅楽の曲目を編曲しての演奏。「吹きなる由」「君が代」「命をすてて」「水清くあれ」「靖国のうた」「扶桑歌」「軍艦マーチ」などを演奏。
  • 11月3日・全国優勝弁論大会於教館審査の結果が出るまでの時間演奏。「ウエストサイド物語」「ルーマニア民族舞曲」「イタリアン・フェスティバル」などを演奏。
  • 11月23日・榛原町演奏会榛原町の文化祭に招かれての演奏会で、小学校講堂を埋めつくした聴衆を前に行われた。終わって校庭でパレード披露。
  • 11月30日・伊勢市演奏旅行駅前から市中行進。外宮前にて「国の鎮」を演奏奉納、夜は一般対象で演奏会、市長はじめ多くの祝辞を頂いた。宿泊。
  • 12月1日・前日に続き音楽教室が開かれた。楽器解説を含めて、古典、長唄、「春の海」などをも演奏。終わって内宮に参拝、宇治橋を渡ってのパレードを許され、3年生は拝殿にまで進んで参拝をした。
  • 12月22〜27日・松山方面演奏旅行3年生最後の長途旅行となった。ガールスカウトの招待である。
  • 12月22日・朝6時出発。宇高フェリーを経て夕方6時半松山市の伊予松山分教会に到着。道後温泉にひたる。食事を頂いて12時就床。
  • 12月23日・午前は高校生、午後は中学生を対象に行われ、夜は一般演奏会。今年度全国唱歌コンクール1位の愛媛大学附属小・中学生の賛助出演があった。
  • 12月24日・新居浜市。12月25日・今治市。午後は学生、夜は一般、9時に終了し、松山市に向かう。3会場とも立派なもので、演奏するわれわれの気持ちもまた異なった。12月26日・朝はゆっくりと休み、10時から市内観光を楽しみ、6時に教会を出発、一路天理へ向かう。12月27日・朝7時教館に到着。

第13節充実に向けて

昭和39年度

  • 4年ぶりの全国優勝
  • 岡山、広島演奏旅行
  • 東京オリンピック関連行事参加

五輪選手の夕食会で演奏

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新学期を迎え、ただちに新部員が数十名入ってきた。僕らの目標はなんといってもコンクールに勝つことだ。今年負けたら3年連続負けることになるのだ。そのために最初から部員一同頑張った。そのためには多くの者が演奏し、層を厚くするように、1、2年生の指導が大切であった。それは合宿や演奏旅行で少しはカバーできた。もうひとつは精神を統一して演奏しなければいけない。だから精神統一が大切だった。それをやれば優勝も夢ではないということで、3年生が主体となって1、2年生を指導していった。

演奏旅行は中国地方へ10日間であった。今年は部員が多いために50名しか行けないこととなり、みんなオレが行くんだと心に誓い頑張っていた。そのせいもあって、演奏旅行も無事終わらして頂いた。 昨年度までドラムメージャーであり、副指揮者であった山本さんが森本先輩に交代され、みんな気持ちを新たにして練習に励んだ。

例年の関西吹奏楽コンクールには4年ぶり11回目の優勝を達成し、みんなやる気を出し全国大会へ臨んだ。全国大会の会場、高松市民会館は昨年演奏旅行で演奏したところであり、みんな自信があった。演奏も落ち着いてでき、ひさびさに5度目の優勝を遂げることができた。今年も負けると3年連続負けるということで、みんな一生懸命に練習をやりはじめ、早朝練習するパートが多かった。このような努力が実を結んだのだろう。NHK器楽合奏コンクールは、県大会でのテープ審査によるもので、近畿大会においては見事優秀校に選ばれて全国大会に進んだが、惜しくも2位に止まった。この2つのコンクールに全力を尽くしたわれわれは思い残すことのない年だったと思う。

後輩諸君、80年祭の年に3年連続優勝を達成するように来年からの活躍を祈る。

  • 4月11日 韓国民族舞踊の集い
  • 4月18日 教祖誕生祭
  • 4月19日 天理シンフォニックバンド定期演奏会シンフォニックバンドのメンバーは、楽朋会、天中、天高生と100 人余りに及ぶ大編成で演奏。なかでもポピュラーミュージックに人気が集中した。大勢の人が聴きに来て下さって満足な演奏ができたと思う。
  • 4月20日 婦人会総会
  • 4月21日 青年会総会
  • 5月3日 奈良県よふぼく大会ひのきしんの間、天理野球場で抽選会や交歓会。
  • 6月21日 奈良県吹奏楽講習会本校で今年の課題曲を矢野先生から説明。その後パート練習。天中講堂に会場を移し、合同練習。5時15分頃終了。
  • 7月11日〜8月6日 合宿於おやさとやかた東左2棟4階合宿については、昨年までは北寮で行っていたが、今年はやかたの2棟4階で全員合宿できるというありがたいことであった。今年はオリンピックの関係上、NHK器楽合奏のコンクールが7月29日にあることになり、苦しい立場にあった。
  • 7月25日〜8月5日 子供おぢばがえり待ちに待ったプールサイド行事が始まる。僕らは何か楽しいような気持ちでプールへ向かった。その頃はもうプールはライトで明々と照らされていた。矢野先生も連日帰ってくる子供たちをいかに喜ばそうかと、曲目の選択も大変だったと思われる。
  • 7月29日 NHK器楽合奏コンクール県大会昨年同様に県代表に選ばれた。コンクールを終えて天理に帰りついたのが夕方、ただちに夕食をとりプールへ出かけた。疲れていたが子供たちの元気な声をきいたら疲れも吹っ飛んでしまった。
  • 7月31日 高校野球紀和大会紀和大会の応援に初出場の僕らは大いに吹きまくり応援したが、善戦むなしく海南高校に4対2で敗れた。
  • 8月7〜14日 岡山、広島両県演奏旅行新入生が入部して以来始めての長い演奏旅行であった。上級生は昨年の夏、冬と四国、中国地方へ行ったためなにか落ち着きがあったが、1年生は修学旅行にでかけるような気分で出発したが、全員みなよく落ち着いた行動ができ、技術を必要とする「運命」もよくできて成功だった。
  • 8月7日 天理を6時半に出発、一路岡山県へ、13時40分に最初の玉島市に入り、玉島分教会に落ち着く間もなく行進開始、玉島市役所前でパレードする。第1回の演奏は7時開演だった。初めてだったせいか、あまり音が合わなかった。曲目は「イタリア奇想曲」、「運命」全楽章、オリンピック関係4曲、民謡の中より「北海盆唄」「おてもやん」「安来節」「花笠踊り」など。アンコール数曲といったように多くのレパートリーをもっての演奏であった。10時頃終わり、後かたづけをして帰ったのが10時半、それから夜食、入浴して消灯は12時だった。みんな最初で慣れないせいもあったか、疲れてすぐにいびきをかいて寝ていた。
  • 8月8日 今日は岡山県から広島県に入り、福山市へ向かった。福山市立城南中学校で午前10時から開演、これは学生対象で楽器紹介などもあった。夜の部は一般対象で7時から9時半で終わった。福山分教会に宿泊。
  • 8月10日 上下町立上下高等学校にて学生対象演奏。会場には高校生が多く、とくに女学生が多く部員一同元気よく演奏した。昼は矢野温泉に行き体をほぐす。夜の部は、上下町公民館で7時より演奏会。「安来節」「ソーラン節」などの老人から、「エイトマン」などの子供たちまで喜んでもらうことは、よいにをいがけであったと思う。
  • 8月11日 今日は楽しい休日。上下分教会から福山分教会まで行き、休んだ。昼すぎから鞆之浦海水浴場へ行き、みん元気に泳いでいた。また福山駅前で買い物もでき、みな誰にやるのか知らないがいっぱい買っていた。昼あばれたせいか夜はみな早く寝た。
  • 8月12日 井原小学校講堂。10時から朝の部演奏。恵陽分教会で昼食を頂き昼寝、みな様々な姿で寝ていた。4時から市中行進、井原小学校校庭においてパレード。7時から夜の部演奏会。最後の宿泊地笠岡大教会へ向かう。
  • 8月13日 笠岡東小学校講堂。8時から教会の方々に見送られ東小学校へ。10時から学生対象の演奏会。4時から市中行進、パレード。7時から最後の演奏開始。なんとか無事に演奏が終わったことを教会に帰り親神様にお礼を申し上げる。
  • 8月14日 13時に天理に向かう。午後8時無事教館着。楽器点検の後、親神様に旅行のお礼を申し上げ、夏の演奏旅行を終わった。
  • 8月26日 天理教夏季体育大会午後8時より開会式、10時30分に終わる。
  • 8月27日 天理教夏季体育大会閉会式3時20分より競技開始、表彰式と閉会式の演奏をした。
  • 9月6日 第14回奈良県吹奏楽コンクールこれはいつもと同様に奈良県代表に選ばれた。
  • 9月23日 関西吹奏楽コンクール昨年の四天王寺会館から会場が大阪フェスティバルホールへかわった。ここで全国優勝したことがあるという縁起のよい会場で、みんな自信に満ちていた。ここ3年間どうも思わしくなく、また今年負けたら3年間連続負けだ。先輩たちが全国で3年連続勝ったのに、ここで負けたらこれ以上名誉を傷つけることはないと、練習に練習を重ねて出場した努力のかいもあり、見事優勝した。今年の課題曲は「若人の歌」、自由曲「サンタフェ物語」。
  • 9月27日 音楽の広場真東棟前でパレード、演奏会。曲目「オリンピック関係」「エイトマン」「鉄腕アトム」「ドミニク」「八十年祭の歌」。
  • 10月4日 京都教区決起よふぼく大会河原町大教会からよふぼくの列、その後僕ら、京都市中を行進、円山音楽堂で演奏会。
  • 10月9日 本校体育祭入場行進、昼休みの間オリンピックにちなんだパレード。午後3時閉会式。
  • 10月10日 二部体育祭開会式に出る。軽い曲数曲演奏。
  • 10月20日 東京オリンピック記念水泳奈良大会於天理プールオリンピック選手夕食会で演奏し、FINAの会長からほめられた。
  • 10月27日 東京オリンピック記念柔道天理大会於天理大学体育館夜はオリンピック選手夕食会へ。
  • 11月1日 全国優勝弁論大会於教館審査の結果が出るまでの時間を演奏。オリンピック関係の曲、「ドミニク」などを演奏。

「サンタフェ物語」で4年ぶり日本一

  • 11月6日 全日本吹奏楽コンクールに出発全日本吹奏楽コンクールに出場のため、夜10時バスにて出発、永田先生から激励される。
  • 11月7日 昨年の夏の演奏旅行でお世話になった双名島分教会に到着。昼から近くの高校で練習。3時半頃高松市民会館でリハーサル。明日のコンクールをひかえ、教区長の激励の言葉を頂き、心を落ち着けて寝床につく。

  • 11月8日 全日本吹奏楽コンクール於高松市民会館この会場は昨夏の演奏旅行で演奏を行ったところで、みな落ち着いていた。いよいよ本番、一手一つになって着席、12分間という時間は短いようで長かった。時間が過ぎた。みんなほっとした気持ちで退場。なにもかも忘れて教務支庁へ行き、夕食の間にNHK器楽合奏近畿大会の発表を聞く。「奈良県……」と聞こえると、みな「わあーっ」と優勝を喜び合った。この喜びを全日本でもと、いろいろなことを想像しながら会場に向かう。いよいよ結果発表。「高校の部第1位奈良県天理市……」あとは何も聞こえなかった。みな肩をたたきあい、抱き合って優勝の実感を現していた。宿舎の双名島分教会では「祝全国優勝おめでとう」というのぼりをあげて迎えて下さった。神殿に集合し親神様に報告し、すき焼きパーティーによばれた。ジュースで乾杯。格別な味がした。あまり胸がいっぱいで眠れなかった。
  • 11月9日 落ち着く間もなく、8時教会の方々に見送られて帰路につく。バスの中でもみんな陽気に騒いでいた。みんなは、少しでもはやく天理に着いて市中行進をしたい気持ちでいっぱい。しかし、天候の方はどうも調子が悪いようでポツポツと降っていた。でもみんなは市中行進するんだと元気いっぱいだった。午後5時に本校着。雨は降っていた。行進中止。なんだか気が抜けたような感じだった。親神様に優勝の報告に行く。真柱邸に招かれ、真柱様を囲んですき焼きパーティー。来年もこのような情景を再現することを祈った。
  • 11月22日 音楽の広場風の強い日であったが、大勢の方が聴きに来て下さって、気持ちよい演奏ができた。曲目「若人の歌」「ジャングルドラム」など。
  • 11月26日 天理教器楽合奏TV録画午後、毎日TVスタジオに向かった。合奏練習からリハーサル。リハーサルの時にテレビに映ると、みんなテレビの方を見るというおもしろい場面もあった。いよいよ本番。10時30分頃終わった。
  • 11月29日 NHK器楽合奏コンクール午後2時からラジオで放送があり、午後7時のニュースで発表だった。僕らは必ず優勝だと考えていたが、結果はそうはいかなかった。第2位に甘んじたとはおかしいが、しかし、残念だった。期待していただけに、何か気が抜けたようだった。今年の目標は、全国コンクールでの優勝だった。楽譜をもらったのが1学期の中旬。今年負けたら3年連続負けることになるのだ。名誉ある吹奏楽部としては、ぜひ優勝せねばならない。部員はそれをよく知っていた。その時から、3年生が中心になり早朝練習に励み、夏休みは合宿で鍛えた。まず最初のコンクールは休み中に行われたNHK器楽合奏コンクール県大会であった。その日は何か落ち着かず、ミスもあった。最優秀校に選ばれたとしても会心のできではなかった。それがNHK器楽合奏コンクール全国大会で破れた原因になっているのだろう。こんな調子だと朝日新聞主催の吹奏楽コンクールの方は優勝できないかもしれない。技術だけでなく、精神統一をせねば優勝はできないと忠告された。こうして関西吹奏楽コンクールを迎えた。みんなこれが最後だと思い一生懸命にやった。ついにやった。こうなったら全国優勝せねばと心に誓って全国大会に臨んだ。やった!4年ぶりに優勝ができた。後輩の諸君!僕らは追われる立場にあるんだということを心において、努力を怠らないよう健闘を祈る。

昭和40年度

  • 初の海外演奏旅行、ローズパレード参加
  • 初のコンクール2冠達成

演奏旅行は和歌山へ

4月に新入部員を迎え、1年生20名、2年生20名、3年生25名という大世帯をもって昨年度朝日新聞社主催、全日本吹奏楽コンクール優勝から、さらに今年は、NHKも優勝し、きたる教祖八十年祭に無形のお供えとせんことを誓い、新たな決意のもとにスタートした。3年生の多い年はチームワークをとるのが難しい、と先輩から何度も言われたが、3年生は明るい者ばかりで、そんな気を使わなくともよくまとまってくれた。練習終了後は互いに冗談を飛ばし合い、部内はいつも笑い声が絶えないというような空気であった。

例年通り夏合宿に入り、演奏旅行の曲目を練習し始めた。今年は前記のように上級生が多く、1年生中ではわずか4、5名程度しか舞台に出られないのであるが、みなよく頑張ってくれて大助かりであった。合宿は教祖八十年祭のために、例年より2学期が早く始まる方針なので、子供おぢば帰りの前日まで休みとなり、最初のうちは身体をならすのにひと苦労であった。

そして演奏旅行。今年は和歌山方面であった。毎年この旅行によって、舞台度胸と技術が著しく向上する。みなその主旨を果たさんものと頑張り、無事終了させて頂いた。 なお、今年は非常に行事が多く、目標であるコンクールの練習ができず、本格的にコンクール体制に入ったのは、10日前である。今年は諸条件から優勝は難しいと言われながらも、毎日、先生のご指導のもとに頑張った。相続く叱咤々々の中で、われわれは今まで全国に誇る伝統を築いて下さった先輩の苦労をもう一度思い出して頑張った。そして、全関西吹奏楽コンクールでは見事優勝の栄を獲得したのである。気をよくした部員は数日後にひかえたNHKコンクールに全国優勝の野望を抱いて練習した。

奈良県大会では、昨年度の経験を生かし慎重に演奏した。そして11月7日の朝日全日本のコンクールを待たずに、ラジオはわれわれの優勝を発表したのである。残るは朝日。今まで本校吹奏楽史上にないNHKと朝日の必勝を期して、ますます練習にも磨きがかかった。全国大会では全神経を集中して演奏した。全力を尽くした。そうして念願の2つのコンクールに優勝しえたことは、卒業にあたり悔いを残さずにすんだと誰もが思ったことだろう。

明八十年祭の年には3年連続優勝の記録を後輩諸君に期待し、また幅広い活躍を祈るものである。

  • 4月10日 ハワイのピアニスト、ジャコブ・ヒューリング氏を迎え、雅楽部とともに交歓演奏会。
  • 4月18日 教祖誕生祭・天理シンフォニックバンド定期演奏会多くの先輩、天中生と合同で、100 人に及ぶ編成、教館いっぱいの聴衆に満足して頂いた。
  • 4月19日 天理教体育大会開会式
  • 4月20日 婦人会総会
  • 4月21日 青年会総会
  • 5月9日 伏見桃山城創立1周年記念演奏会
  • 6月5日 音楽研究会発表会吹奏楽界初めての、雅楽との合同演奏「長慶子」を矢野先生の編曲で演奏。
  • 6月12日 天理教音楽研究会10周年記念演奏会リハーサル
  • 6月13日 天理教音楽研究会10周年記念演奏会昨年度優勝の関西コンクールの会場で、各地で活躍しておられるプロの先輩も迎えて演奏。交響詩「おやさま」に、演奏するわれわれも感激。
  • 7月10〜12日 長野教区よのもと会参加松本に向かう。松本分教会宿泊。
  • 7月11日 長野教区よのもと会 5時11分終了。同教会宿泊。
  • 7月12日 今年初めて天理を離れての、他県宿泊の旅行を無事終了させて頂いたことを、親神様に感謝して、6時解散。
  • 7月23日〜8月5日 合宿 於旧鹿島詰所
  • 7月25日〜8月5日 子供おぢば帰り合宿に入り、翌日からプールサイド行事に入る。「鉄腕アトム」や「鉄人28号」の出現に、思わず笑いのあふれる楽しい夜のひとときであった。八十年祭を目前に帰参者の数も多く、演奏のしがいのある今年のプールサイド行事であった。
  • 8月7〜11日 和歌山県演奏旅行われわれのクラブの山場のひとつであるこの演奏旅行には、50名の部員が許可された。上級生は2年、1年の演奏旅行の経験をもっているので、安定した旅行が出来たが、1年生は少人数のため、上級生に気を使いすぎて失敗するというようなことがあったが、昨年同様技術を要する「運命」も経験者が多く、大きなミスもなく無事終了できた。この演奏旅行で演奏する「おやさま」を聴いて涙を流しておられる聴衆が何人もおられたのは、とくに印象的であったとともに、演奏布教の使命を強く感じた次第である。
  • 8月7日 朝5時に起床し、5時23分天理を出発。バスの中で本部からの朝食を頂いて、6時23分、第1回演奏会場である笠田中学校着。ただちに準備して学生対象の演奏会。今回の旅行では最初の体育館であったので、ボリュームの調整が分からずに困ったが、学生の方々に喜んで頂けたのが嬉しかった。終了後、同校吹奏楽部と合同練習で、チューニングの方法などを指導した。昼食後、宿泊予定の紀北分教会に向かう。4時半から行進して、夜の部の演奏会場へ。6時58分から9時10分まで「運命」「おやさま」「ハロー・ドーリー」「ルーマニア民族舞曲」「サンタフェ物語」「フランス組曲」などから、民謡、そして軽曲、また「松の木小唄」「女心の歌」にいたるまで演奏し、われわれも楽しんだ。12時消灯。
  • 8月8日 和歌山教区よのもと会に参加して、式典の終了後教区の方々に、われわれの演奏を約2時間ほど聴いて頂き、きょうの宿泊地である社会福祉センターへ向かう。休憩して6時から市庁舎へ挨拶し、市中行進して1日の行事を終える。福祉センターは冷房がきいていて、今までにない豪華な宿泊地であり、演奏会場がすぐ前にあったので、楽器の運搬も楽にでき、この上もないありがたい場所であった。
  • 8月9日 7時30分起床。朝食をすましてケースを積み込み、10時に市民会館の前から市中行進出発。終了後、和歌山教務支庁に立ち寄り、お茶を頂いて、明和中学校へドリル指導に向かう。約1時間模範行進の後に、本日のお楽しみともいうべき、和歌浦レジャーセンターへ向かう。昼食後、若さあふれる海岸へ向かった。緊張のとれるひとときであった。また、このセンターの経営者が天高の先輩と聞き、びっくりした。海水浴の疲れもあってか、部員のいびきがよく聞こえる夜であった。
  • 8月10日 宿泊所の前にある県立体育館で1日3回の演奏会とあって、みんな張り切った。合計にして9時間、部員の中には口が切れて、血を出しながら吹くという者も出たが、好きなことをやっているので、本人も満足して演奏し、一生懸命演奏した後の快い疲れが身体を走り、入浴時には、いつもより声がはずんでいた。
  • 8月11日 いよいよ演奏旅行最後の日である。最後の演奏地である御坊に向かう。御坊中学校で昼食を終えた後、12時2分市中行進に出発。約2時間演奏。最後の演奏会を有意義にせんものと頑張り、当地の方に喜んで頂けた。4時35分御坊中学校を後にして、一路天理に向かう。途中和歌山分教会で夕食並びに記念品を頂いて、再び天理に向かう。9時42分教館着、ただちに楽器点検後、旅行中の無事を親神様にお礼申し上げ、演奏旅行を終了した。
  • 8月16日 全国高校野球大会応援数多くの学校を退け、甲子園出場の栄誉を勝ち得た本校野球部の応援にかけつけ、われわれも彼らのファイトに負けじと応援した。
  • 8月21日 学生生徒修養会演奏会今年から新たに始まったこの集いに、参加した人々に喜んで頂けたことを嬉しく思う。9時41分終了。
  • 8月27日 天理教夏季体育大会閉会式

自由曲「ニュース・リール」で優勝

  • 8月30日 全関西吹奏楽コンクール 於京都会館全国優勝への夢を抱いて会場の京都会館へ向かう。昨年度に引き続き、2年連続の優勝を頭の中に描いて演奏した。宿敵天王寺商業は、毎日山にこもって練習したと聞いている。われわれの練習は、正味10日間である。出場は第6番目である。とにかく勝ちたかった。出場を待つ部員の顔には、緊張のいろが隠しきれないものとなって現れていた。3年生はクラブ活動3年間の総決算のつもりで演奏に臨んだ。そして、いよいよ発表。勝った!勝ったのである。午後8時1分と2秒「A組第1位は、……奈良県代表……」の声。優勝決定の瞬間である。今まで身体の中に潜んでいた何物かが、一度に踊り出したような気分だった。緊張しきった会場に、一瞬安堵の空気が流れた。部員一同、全国優勝を互いに心に誓う。課題曲「パリスとヘレナ」自由曲「ニューズ・リール」より。
  • 9月1日 天理総合駅開通式9月4日・日韓親善柔道大会
  • 9月23日 NHK器楽合奏コンクール県大会例年と変わりなく、代表校に選ばれる。テープ審査のため、今日の演奏が全国大会にまで持っていかれると思うと、みな真剣そのものであった。
  • 9月26日 県吹奏楽祭われわれはラストに演奏。マーチ数曲とフランス組曲を模範演奏した。4時57分終了。
  • 10月1日 本校体育祭リハーサル
  • 10月2日 日本国際連合奈良支部総会3時12分終了。ただちに大阪教区よのもと会リハーサルのため大阪へ出発。宿泊。
  • 10月3日 大阪教区よのもと会3時8分閉会。7時天理着。
  • 10月6日 本校体育祭
  • 10月17日 本校二部体育祭
  • 10月26日 本校文化祭並びに・柔道部国体優勝祝賀パレード先頭に立ちこれに花を添えた。
  • 10月30日 兵庫教区よのもと会リハーサル兵庫教区よのもと会リハーサルのため神戸に向かう。兵庫教務支庁宿泊。
  • 10月31日 兵庫教区よのもと会
  • 11月3日 全国高校優勝弁論大会
  • 11月7日 NHK器楽合奏コンクール全国大会1時から演奏が放送される。7時に発表があり、全国優勝が伝えられた。録音審査のため、実感がわいてこなかったが、朝日新聞社主催の全日本吹奏楽コンクールを一週間後にひかえて、おおいに気をよくした。残るもう一つの壁を突き破らんものと、ますます練習に熱をいれた。あとひと押しである。
  • 11月11〜16日 長崎教区よのもと会 全日本吹奏楽コンクール
  • 11月11日 長崎教区よのもと会出演と、全国吹奏楽コンクール出場、福岡で行われる優秀団体の演奏会に出場するため、19時30分京都出発。
  • 11月12日 12時過ぎに長崎着。宿舎の肥長大教会にて休憩の後長崎教区よのもと会の記念演奏会出演のため、三菱会館に向かい、5時頃まで演奏してこの日の行事を終える。
  • 11月13日 全国コンクールの前日で、午前午後を通して県立図書館の講堂を借りて練習。午前中に明日の会場となる市公会堂で本番に備えてのリハーサル。時間が短いのでみな緊張。いよいよ明日が本番だ。いつもより早めに床に就く。何かしら心が落ち着かない。
  • 11月14日 全日本吹奏楽コンクール 於長崎市公会堂待ちに待ったコンクールの日がきた。今までの長く苦しかった練習の成果を晴れの舞台で示す時がやってきた。高校の部は午後3時からである。午前中は農協会館を借りて練習。昼食後、最後の練習を終えてから会場に向かう。出番は3番目なので、すぐチューニング室で音合わせ。ふだんの時より音合わせも慎重だ。いよいよ出番。課題曲「パリスとヘレナ」、随意曲「ニューズ・リール」を続いて演奏。ついに終わった。みんなよくやってくれた。今までの練習の成果を思う存分発揮してくれた。あとは運を天にまかすだけだ。みんな演奏を終わって会場に姿を見せた時、自分のベストを尽くしてきたという演奏前とはうってかわったような、明るい顔つきであった。高校、職場の部が終わって後、いよいよ発表。時計の針は9時近くになっていた。「高等学校の部、第1位は奈良県……」ここまでしか聞こえなかった。部員たちや、応援に来て下さった人たちの声でアナウンスはかき消されてしまった。「よかった、よかった」と口々に言い合い、果ては目に涙を浮かべる部員もいた。最後には言葉にならない声が、部員の間から聞こえた。興奮が次第におさまってくるにつれて、だんだんと優勝したという実感がわいてきた。10時近くに、宿舎の教会に帰って、早速親神様にお礼を申し上げさせて頂こうとして、校長先生を先頭に神殿に昇殿して驚いた。真紅のレイをわれわれ一人ひとりに教会の人がかけて下さり、中央には、飾りつけがしてあって「祝優勝」と書かれてある。覚めかけていた興奮がまた高まり、しみじみと優勝した感激を味合わせて頂いた。みんなあまりの嬉しさに遅くまで寝つけなかった。寝床の中に入って目をつぶると、NHKで優勝、そして朝日新聞のこの全国コンクールでの優勝、全日本のタイトルを2つも独占したことなど、まるで夢を見ているようであった。
  • 11月15日 午前中、長崎市内見学。1時過ぎ長崎をたって、福岡に向かう。5時過ぎ福岡市内の目抜き通りを会場までパレード。50分間程のパレード、優秀団体の演奏会であるが、われわれの出番は8時半からである。大きな会場であり、設備も素晴らしかった。10時前に終了。楽器を積み込んだ車は先に天理に向かって出発してもらう。宿舎の教会に着いたのは10時半頃だった。コンクールが終わってからなので、みんな気分的に楽らしい。
  • 11月16日 6時起床。参拝後食事をして、8時の特急で一路天理へ。天理到着7時前。本通りをパレード。親神様に優勝のご報告をさせて頂く。去年から部員の合言葉になっていた「優勝して本通りをパレードするんだ」ということが、ついに実現できた。今日はみんなぐっすり眠れるだろう。
  • 11月24〜27日・NHK発表会11月24日・NHK器楽合奏コンクールに優勝した団体が東京に集まって、表彰式と発表会(この発表会をテレビに録画する)をするため、われわれは8時半天理駅に集合して東京に向かう。7時東京着。この日は別に行事はなし。
  • 11月25日 8時から明日の録画に備えて練習。小学校、中学校、高等学校、それに東京放送管弦楽団と4つの団体が練習。3時過ぎ、日比谷会館で表彰式の練習。4時頃宿舎に帰る。
  • 11月26日 昨日同様、午前中は通しのテストを繰り返す。最後のリハーサルでは、実際にテレビカメラで写している。万全の体制で本番を待つ。3時半から表彰式。優勝旗をはじめ内閣総理大臣賞のカップ、文部大臣の楯など、随分たくさんの賞状とカップを頂いた。4時からいよいよビデオ撮りが始まる。われわれは課題曲の「フランス組曲」と、東京放送管弦楽団と合奏で「ハリケーン」を演奏。そして最後に、出演した4つの団体が合同演奏で「蛍の光」を演奏してその幕を閉じた。長崎から帰ってきて、1週間後には東京と、非常にあわただしかったが、クラブ史上初のNHKと全日本のタイトルを併せて獲得できたことを深く感謝して、八十年祭にこの上ないお供えをさせて頂けたことを、部員一同心から喜んでいる。
  • 11月27日 東京発7時35分「こだま号」で一路天理へ。1時過ぎに学校着。早速職員室に飾る。会う先生方から、「おめでとう」の連発を受けて「本当に優勝したんだな」という実感が心の奥底から、しみじみとわいてきた。

初の海外演奏、第77回ローズパレード参加

  • 12月26日 12時30分本部前にて壮行式。22時東京国際空港発。
  • 12月26日(以下米国時間)18時20分ロサンゼルス着。
  • 12月27日 9時30分パサディナ市役所へ挨拶。
  • 12月28日 10時ディズニーランド見学及び演奏。よのもと会。
  • 12月29日 10時ロス市長訪問。
  • 1月1日 8時40分よりローズパレードに参加。午後ローズボウル見学。
  • 1月2日 夜ルーズベルト高校にて演奏会。
  • 1月3日 2班に分かれて空路ロスよりフレズノへ。夜演奏会。
  • 1月4日 バスにてサクラメントへ。昼、州庁訪問演奏。夜演奏会。
  • 1月5日 1時サンフランシスコ空港発ホノルルへ。マッキンレー高校講堂で演奏会。
  • 1月7日 20時フラボウルパレードに参加演奏。
  • 1月8日 14時ホノルル発。
  • 1月9日(日本時間)19時40分東京国際空港着。
  • 1月10日 15時50分天理駅からパレード。本部前で歓迎会。

本年度の吹奏楽部は2つの全国コンクール優勝に加え、日本吹奏楽界にも前例を見ず、また永く歴史に残るであろうローズパレード参加という大きな足跡を印した。

このパレードは、正式には Pasadena Tourna- ment of Roses と称し、カリフォルニア州パサディナ市で毎年1月1日に行われる豪華絢爛の花の祭典で、本年は第77回目に当たり、海外からの参加は本校が最初である。

さて、パレードは延々8Kmの大通りを、学校、会社、団体などのフロート(山車)が約60台進み、その間を国内一流のバンドが行進する。フロートはその年のテーマに従って趣向を凝らし、色とりどりの生花で余すところなく飾りつけられ、その華麗さは目を奪うばかり。

参加バンドは22団体で、いずれも厳選された大学、高校、海軍、救世軍、市などのバンドで、普通150人から200人の編成で、ほとんど派手な制服を着ている。沿道は前日から毛布、寝袋持参の座り込み組を含め、150万から200万の観衆で埋まり、一つの行事としての観客動員数は世界一と称している。

参加バンドの選抜基準は、過去の実績、外観、参加経費の負担能力、5マイル(8Km)以上の演奏行進能力などである。本校独自の立場では参加にはほとんど望みをかけていなかったが、真柱様の深い思召により、11月に入って参加が決定し、校長先生を中心として関係者が対策にあたり、教内外の絶大な声援を得て、実現をみたのである。

教祖八十年祭の年の初めに、遠くアメリカの地で年祭のファンファーレを高らかに奏で、かの地の教友を激励し、高い水準を誇る米国吹奏楽界に、本校の更にまた日本吹奏楽の真価を認めてもらい、にをいがけの端なりともつとめさせて頂き、教内にも喜んで頂いたことは、この上もない喜びであった。

大部隊の渡米であるから、国内の演奏旅行とはくらべものにならぬ困難があり、短期間で万全の準備を整えるため、校長先生のご苦心、現地伝道庁を中心とした教友各位のご協力は筆舌につくしがたい。 昨年正月に渡米した指揮者の矢野先生が、本年度のトーナメント協会長のリチャーズ氏に会った時、氏は本校吹奏楽部の実体を知り、本年のパレード参加をすすめ、その後も再三、極めて熱心に参加を要請された。本校が参加の方向に向かったのは氏の熱意によるところ大である。

ローズパレード参加のほかに日程にあるように、各地で演奏を行ったが、部員の整然としてきびきびしたマナーとともに水準を抜く演奏に、いたるところで予想以上の好評を博し、専門家もお世辞抜きで賛辞を寄せてきた。事実、本校の演奏がパレードでも、ステージにおいてもアメリカの学校バンドにはひけをとらないという自信を得たことは、一つの収穫であった。

大きな使命をもって渡米した吹奏楽部が、かなりの強行軍にもかかわらず、全員無事つとめをはたして帰校したのは、親神様のご守護は申すに及ばず、各方面の温かいご声援の賜と、心から感謝にたえない。